南総里見八犬伝
- 作者
- 滝沢馬琴(曲亭馬琴)
- 成立
- 1814-1842
- 国
- 日本
- 時代
- 近世
概要
日本の古典で最も長い小説の一つである。全九輯百六冊。書き上げるのに二十八年かかった。
筋は明快である。房総の里見家の姫伏姫が、因縁によって犬の霊と結ばれ、その身から八つの玉が飛び散る。玉にはそれぞれ仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌の一字が浮かんでいる。この玉を持つ八人の若者が、各地に生まれる。
八人はいずれも「犬」の字を姓に持ち、体のどこかに牡丹の形の痣がある。 互いを知らないまま育ち、それぞれの事件に巻き込まれ、少しずつ出会い、最後に全員が集まって里見家のもとで戦う。
読み物として徹底して面白く作られている。剣戟、変装、生き別れ、敵討ち、妖術使い、化け猫、幽霊、脱獄。次はどうなるかで引っぱる技術が全篇に行き渡っている。
同時に、この作品には明確な仕掛けがある。善は必ず栄え、悪は必ず滅びる。馬琴はこれを勧善懲悪と呼び、意図してそう書いた。偶然に見える出来事も、後になって因果として説明される。すべてが繋がるように設計されている。
馬琴は途中で失明した。最終盤は口述筆記で書かれている。息子の嫁である「お路」に字を教え、語って書き取らせた。 二十八年の連載の最後の年、1842年に完結する。
刊行の形は今でいう分冊で、読者は数年おきに続きを買った。 途中で読者が世代交代するほど長く続いた。
文学史における評価と影響
江戸の読本の最高峰であり、日本の娯楽小説の原型にあたる。
物語の型として与えたものが大きい。散らばった仲間が一人ずつ集まり、最後に全員で敵に当たる。 この構造は、後の日本の物語で数えきれないほど繰り返された。それぞれに固有の印と能力があり、出自に秘密があるという設定も同様である。
素材は中国の水滸伝と三国志演義から取られている。馬琴はそれを日本の戦国期に移し、儒教の徳目を骨格に組み替えた。 翻案としての完成度が高く評価される。
近代に入って、評価は一度下がった。坪内逍遥が『小説神髄』で勧善懲悪を批判した。人物が徳目の見本になっていて、生きた人間ではないという指摘である。逍遥は、小説が描くべきは人情であって道徳ではない、と主張した。日本の近代小説は、この作品を否定するところから始まっている。
その後、評価は再び上がる。物語を設計する技術が改めて注目された。二十八年かけた長篇で伏線を破綻させないこと自体が異例であり、その構成力は現在も分析の対象になっている。
大衆文化への供給も続いた。歌舞伎、講談、映画、テレビ、漫画、ゲーム。八犬士という枠組みは繰り返し使われている。1973年から放送された人形劇『新八犬伝』は、この物語を戦後の子どもに広く知らせた。
あらすじ
発端。室町時代、安房の里見義実は城を敵に囲まれる。追い詰められた義実は、飼い犬の八房に向かって、敵将の首を取ってきたら娘の伏姫をやろう、と冗談まじりに言う。
八房は本当に敵将の首をくわえて帰ってくる。
義実は約束を反故にしようとするが、伏姫は言葉の重みを説き、八房とともに山に入る。二人は夫婦としてではなく暮らすが、伏姫は懐妊してしまう。犬の気を受けたのだった。
追ってきた者が八房を撃つ。弾は伏姫にも当たる。伏姫は自ら腹を切って身の潔白を示す。そのとき、体から白い気が立ちのぼり、八つの玉が四方へ飛び散る。 玉にはそれぞれ、仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌の字がある。
伏姫の許婚だった金碗大輔は出家し、ゝ大と名を改めて、八つの玉の行方を探す旅に出る。
八犬士の登場。各地で、玉を持ち、体に牡丹の痣を持つ若者が生まれる。犬塚信乃、犬川荘助、犬山道節、犬飼現八、犬田小文吾、犬江親兵衛、犬坂毛野、犬村大角。
一人ひとりに独立した物語がある。信乃は父の遺言で名刀村雨を将軍家へ届けようとして騙され、屋根の上で追手と戦う。荘助は主家の罪を着せられる。道節は父の仇を討つために放火を企てる。毛野は女装して仇を討つ。大角は化け猫に取り憑かれた父を持つ。
これらの物語が独立に進み、次第に交差する。二人が出会い、玉を見せ合って驚き、また離れる。誤解から斬り合うこともある。全員が揃うまでに、物語の大半が費やされる。
集結と決戦。八人はついに里見家のもとに集まる。里見家は管領方の大軍に攻められている。
八犬士は各所で戦い、関東の連合軍を退ける。 妖術使いとの戦いもあり、超自然的な力が入り交じる。
結末。里見家は安泰となり、八犬士はそれぞれ里見家の姫たちと結婚し、封地を与えられる。
だが物語はそこで終わらない。年月が経ち、八犬士は仙人となって山に去る。現世の栄達を捨てる。里見家もやがて滅びることが示唆される。すべてが定めどおりに終わったことが確認されて、二十八年の物語は閉じられる。