ガルガンチュア

原題
La vie très horrifique du grand Gargantua
作者
フランソワ・ラブレー
成立
1534
フランス
時代
16世紀

概要

1534年か翌年に刊行された物語である。「アルコフリバス・ナジエ」という偽名で出された。本名ラブレーの綴りを並べ替えたものにあたる。

先に出たパンタグリュエルの主人公パンタグリュエルの父の代を扱う。書かれた順序と、話の順序が逆になっている。

内容は三つの部分に分かれる。ガルガンチュアの誕生と幼年期。パリでの教育。そして隣国の王ピクロコルとの戦争である。

全体を通して、当時の学問、教会、法律、戦争が笑いの対象になる。同時に、教育論と理想の共同体の構想が真面目に書かれている部分もあり、この二つが同じ本の中に並んでいる。

ラブレーは1483年ごろ生まれた。修道士として出発し、ギリシア語を学び、後に医学に転じて医師になった。当時ギリシア語の研究は、教会から異端と結びつけて疑われることがあった。

先行するパンタグリュエルは1532年に刊行され、よく売れた。この作品はその続きとして書かれ、話の上では前の代を扱う。

刊行の時期に、フランスの宗教をめぐる状況が悪化した。1534年10月、パリを含む各地でカトリックのミサを攻撃する張り紙が掲示される事件が起きる。国王フランソワ一世はこれを機に、それまでの寛容な姿勢を変え、プロテスタントへの弾圧を始めた。

この作品はソルボンヌ——パリ大学の神学部で、当時の教義の判定機関——によって断罪された。ラブレーはリヨンを離れ、しばらく身を隠している。

以後、第三の書は実名で、国王の特認を得て刊行された。それでも同じく断罪されている。

文学史における評価と影響

教育論の部分が繰り返し引かれてきた。旧来の教育は、内容を理解させずに暗記させる。ラブレーはこれを、時間の長さと結果の悪さで示す。代わりの方法として、実物を見せ、体を動かし、一日の全体を学びに使う形が置かれる。

ルネサンス期の人文主義——古代の学問を原典から学び直そうとする動き——の主張が、ここに具体的な形で書かれている。パンタグリュエルにある父から息子への手紙も、同じ主張を扱う。

戦争の扱いも指摘される。開戦の原因は菓子パンをめぐる喧嘩にすぎない。征服の計画を語る場面では、征服の後に何をするのかと問われて、休息すると答え、それならいまでもできると返される。侵略の動機が中身を持たないことが、笑いの形で示される。

テレームの修道院は、理想の共同体を描いた例として論じられてきた。ただし、入れるのは美しく教養のある者に限られており、誰にでも開かれた場所ではない。この点を制約と見るか、当時の限界と見るかで評価が分かれる。

言葉の扱いも特徴にあたる。造語、列挙、専門用語の羅列が大量に使われる。この過剰さは20世紀に入って改めて注目され、バフチンが民衆の笑いという観点から大きく論じた。

日本では渡辺一夫の全訳がある。注釈が本文と同程度の分量を占め、翻訳史における仕事として知られる。

あらすじ

誕生と幼年期。序文で語り手は、この本を犬が骨を齧るように読めと言う。外側の滑稽な話の下に、中身があるという意味である。

ガルガンチュアは、母ガルガメルが十一か月身ごもった末、左の耳から生まれる。生まれた瞬間に「飲ませろ」と叫ぶ。乳母は一万七千頭あまりの牛を要する。

幼年期は、食べ、眠り、排泄することに費やされる。父グラングウジエとの長い会話で、尻を拭くのに最も具合のよいものは何かが真面目に検討される。ガルガンチュアは、生きた鵞鳥の首が最良だと結論する。

教育。父は最初、旧来の神学者トゥバル・オロフェルヌにガルガンチュアを教えさせる。この教師は、文法書を何年もかけて暗記させる。五年かけて字母を逆から言えるようにさせ、十三年かけて別の文法書を学ばせる。結果、ガルガンチュアは以前より愚かになる。

父は教師を替え、ポノクラートに任せる。パリに移り、方法が変わる。朝は本を読み、そのあいだに髪を梳く。食事のあいだも会話で学ぶ。午後は運動をする。乗馬、水泳、槍、重量挙げ。街に出て職人の仕事を見る。雨の日は自然を観察する。一日を無駄なく使う。

パリでガルガンチュアは、ノートルダム大聖堂の鐘を持ち去って馬の鈴にしようとする。返還を求めに来た神学者ジャノトゥスが、意味のないラテン語を並べて長い演説をする。

戦争。故郷で争いが起きる。パン売りとぶどう作りが揉め、それが隣国の王ピクロコルの侵攻に発展する。原因は菓子パンをめぐる小競り合いにすぎない。

グラングウジエは書簡で和解を求めるが、ピクロコルは応じない。ピクロコルの家臣たちは、この勢いで世界を征服する計画を語り始める。地図を広げ、どこを取るかを次々に決めていく。一人の老臣が、それで何が手に入るのかと尋ねる。ピクロコルは、そのときには休息して楽しめると答える。老臣は、いま休息すればよいのではないかと返す。

修道院で、ジャン修道士が一人で敵を追い払う。他の修道士が祈っているあいだ、十字架の柄で戦う。

ガルガンチュアが戻り、戦争は決着する。ピクロコルは逃げ、行方が分からなくなる。

ガルガンチュアは戦後、降伏した者を罰しない。そして功のあったジャン修道士に、望みのものを与えると言う。

テレームの修道院。ジャン修道士は、既存のどの修道会にも属さない修道院を求める。ガルガンチュアはそれを建てる。

この修道院には壁がない。時計もない。男女がともに暮らす。誓願もなく、いつでも出て行ける。美しく、教養があり、健康な者だけが入る。

規則は一つだけである。汝の欲するところを行え

理由が説明される。教養があり、自由な人々のあいだで生まれ育った者は、自然に善いことを求める性質を持つ。強制されたときに悪へ向かうのだ、という考え方が示される。

作者

登場する文学史