哲学書簡
- 原題
- Lettres philosophiques
- 作者
- ヴォルテール
- 成立
- 1734
- 国
- フランス
- 時代
- 18世紀
概要
手紙の形をとった評論である。二十五通、それぞれが短く、宗教・政治・商業・科学と主題が変わる。読み通す必要はなく、どの通から開いてもよい。
書かれているのは、当時のイギリスの様子である。クエーカーという少数派の宗派。国王の権力を議会が抑える仕組み。ロンドンの証券取引所で、ユダヤ人もキリスト教徒もイスラム教徒も並んで取引していること。商人が軽んじられないこと。そしてニュートンの物理学と、ロックの哲学。ヴォルテールはそのすべてを、感心した口調で紹介する。
この本が危険だったのは、イギリスを褒めているからである。イギリスに宗教の寛容があると書けば、フランスに寛容がないと書いたことになる。議会が王を抑えていると書けば、フランスの王を誰も抑えていないと書いたことになる。フランス批判の一文はどこにもないまま、全体がフランス批判になっている。フランス啓蒙思想の宣戦布告と呼ばれるのはこのためである。
書かれた事情は個人的なものだった。ヴォルテールは1726年、ある貴族を風刺してその怒りを買い、貴族の召使いに路上で棒で殴られる。決闘を申し込むとバスチーユ牢獄に入れられ、国外へ出ることを条件に釈放された。行き先がイギリスだった。殴られたのはヴォルテールなのに、罰を受けたのもヴォルテールだった。 貴族の側は何も問われていない。三年近い滞在のあいだに見たものが、この本になる。
1734年に刊行されると、ただちに発禁とされ、高等法院の命令で公然と焼かれた。ヴォルテールは逮捕を逃れて身を隠している。
文学史における評価と影響
外国を鏡にして自国を批判する、という方法を確立した書とされる。
直接フランスを攻撃すれば投獄される。だが「イギリスではこうだ」と書くだけなら、事実の報告である。読者のほうが勝手に比較する。モンテスキューがペルシア人の手紙でペルシア人の目を借りたのと同じ工夫を、ヴォルテールは実在の国を使って行った。
内容の面では、以後の啓蒙思想が論じる主題がここでほぼ出揃っている。宗教の寛容、政治の自由、商業の肯定、科学と理性への信頼、そして現世で幸福になってよいという主張。ディドロやルソーが続けることになる議論の枠が、この一冊で示された。
とりわけ効いたのは、宗教の寛容を数の問題として説明した点である。宗派が一つしかなければ専制になり、二つなら殺し合う、三十あるから平和に暮らしている——この論法は、寛容を道徳ではなく仕組みの問題に変えた。
ニュートンとロックをフランスに紹介した功績も大きい。当時のフランスの科学はデカルトの体系が支配していた。ヴォルテールは、頭の中で組み立てた説明より観察と実験を上に置くイギリスの流儀を持ち込む。この対立はその後数十年、フランスの科学界を揺らすことになる。
末尾に置かれたパスカルへの反論も、この書の性格をよく示している。人間は悲惨で、救いは信仰にしかないというパスカルに対し、ヴォルテールは、人間は現世で幸福になれるし、なってよいと答えた。啓蒙の楽天性が、ここで初めてはっきり言葉になる。
内容
初めの数通は宗教を扱う。クエーカー教徒を訪ねる場面から始まる。帽子を取らず、相手を「あなた」と呼ばず、儀式も聖職者も持たない人々である。ヴォルテールは彼らを珍しがりながら、その簡素さを好意的に描く。
そのうえで、イギリスに宗派が多いこと自体を評価する。一つの宗教が支配すれば異端を迫害する。多くの宗派があれば互いに手を出せず、結果として平和になる。カトリックが支配し、プロテスタントを追放したフランスへの当てこすりである。
次に政治。イギリスの立憲君主政を紹介する。国王の権力は議会に制限され、貴族も納税を免れない。マグナ・カルタから内戦を経て今の形になった経緯が説明される。血を流して自由を得た国、という書き方をしている。
商業の章はとくに有名である。ロンドンの証券取引所では、ユダヤ人もキリスト教徒もイスラム教徒も同じ場所で取引し、破産者だけを不信心者と呼ぶ、と書かれる。取引が終われば、それぞれ自分の礼拝所へ行くか、酒を飲みに行く。宗教の違いが商売の邪魔にならない社会が示される。
続けて、イギリスでは貴族の次男が商人になるが、フランスでは貴族が商業を蔑む、と指摘する。どちらの国が豊かになるかは明らかだという含みである。
そして科学と哲学。ニュートンの重力の理論と光学を紹介し、デカルトの渦動説と比べる。デカルトは想像で体系を建てたが、ニュートンは観測から法則を導いた、という対比になっている。
ロックについては、人間の知識はすべて感覚から来るという説を紹介する。生まれつき備わった観念を認めない立場で、当時の神学からは危険視されていた。ヴォルテールはロックを、魂の歴史を書いた賢者として称える。
末尾の「パスカル氏のパンセについての注」では、パンセの断章を一つずつ引いて反論していく。人間の悲惨を説くパスカルに対し、ヴォルテールは、人間は自分の条件の中で十分に幸福でありうると答える。この章は初版では別扱いだったが、以後この書の一部として読まれている。