ペスト
- 原題
- La Peste
- 作者
- アルベール・カミュ
- 成立
- 1947
- 国
- フランス
- 時代
- 20世紀以降
概要
1947年6月に刊行された長篇小説である。全五部からなる。
舞台はフランス領アルジェリアの港町オラン。194X年という曖昧な年号が置かれ、四月に鼠が大量に死に始め、やがて人が同じ病で死に出す。市は封鎖され、住民は外部と切り離されたまま十か月を過ごす。
語り手は最後まで明かされないが、末尾で医師リウー自身だったと示される。冒頭で語り手は、これは自分が見聞きした事柄の記録であり、証言として書くと断る。感情を抑えた報告の調子が全篇を通して保たれる。
作品は同時代、ナチス占領下の経験を重ねて読まれた。カミュ自身、この重ね合わせを認めている。ただし作中に政治的な言及はなく、疫病の記述として書かれている。
カミュは1941年から構想を始め、資料としてペストの流行史を調べている。1849年にオランで実際にコレラが流行した記録も参照した。執筆は第二次大戦中から戦後にかけて続いた。
作品は当時、占領とレジスタンスの寓話として読まれた。カミュは1943年から地下新聞『コンバ』に関わっており、その経験が背景にある。作中で保健隊に加わる者たちが、英雄的な動機ではなく務めとして行動する点も、この読み方を支える。
同時に、カミュはこの読み方を一つに限定することを避けた。ペストは戦争にも疫病にも、人を襲うあらゆるものに読める形で置かれている。
刊行の翌1948年、サルトルの周辺からは、悪を疫病という自然現象に置き換えたことで、加害者の責任が消えているという批判が出た。この対立は後の反抗的人間をめぐる論争につながる。
2020年、新型コロナウイルスの流行に際して各国で読み直され、フランス、イタリア、日本などで売上が大きく伸びた。
文学史における評価と影響
異邦人が個人の側から不条理を扱ったのに対し、この作品は集団が同じ災厄に直面する状況を扱う。カミュ自身、自分の仕事を「不条理」の系列と「反抗」の系列に分けており、この作品を後者の最初に置いた。
リウーの姿勢が作品の中心にある。勝てる見込みのない相手に、務めとして向かい続ける。英雄的な言葉は一切出てこない。ランベールに理由を問われて、リウーは「誠実さ」だと答え、それは自分の職業を果たすことだと説明する。
子どもの死の場面が作品の要にあたる。この場面を境に、パヌルーの説教が変わり、リウーの立場が言葉になる。神が全能で善であるなら、なぜ罪のない子どもが苦しむのか——この問いはドストエフスキーのカラマーゾフの兄弟でも扱われており、カミュはそれを踏まえている。カミュは答えを出さず、答えのないまま隣で働き続ける人物を書いた。
タルーの造形も論じられる。誰も死なせない側に立ちたいという願いは、政治的な立場を選ぶことを拒む態度でもある。カミュがアルジェリア戦争で、独立派とフランス人入植者のどちらの側にも立てなかったことと重ねて読まれてきた。
結末は勝利として書かれない。菌は消えず、また戻る。この最後の数行が、作品を戦勝の物語から切り離している。
あらすじ
第一部。4月16日の朝、医師リウーは診察室を出たところで死んだ鼠を踏む。以後、鼠の死骸が街中で増えていく。数日後、アパートの門番が高熱と首のしこりで倒れ、死ぬ。
リウーは同僚の老医師カステルと相談し、ペストではないかと考える。だが県庁は認めない。「ペスト」と口に出すこと自体が避けられる。死者が日に三十人を超えて、ようやく県から電報が届く。ペストを宣言し、市を閉鎖せよ。
第二部。市門が閉じられ、郵便も止まる。住民は外にいる家族と切り離される。リウーの妻は、発病前に療養のため市外の療養所へ発っており、戻れない。
パリから取材に来ていた新聞記者ランベールは、恋人のもとへ帰るために脱出の手立てを探す。役所を回り、断られ、密輸業者に渡りをつける。
旅行者タルーは手帳に街の様子を書き留めている。タルーは志願者を集めて保健隊を組織することをリウーに申し出る。人手が足りず、加わった者は感染の危険が高い。リウーは受け入れる。
イエズス会のパヌルー神父が大聖堂で説教する。この災厄は神が下した罰であり、あなたがたはそれに値する、と語る。
市役所の下級職員グランは保健隊の事務を引き受ける。小説を書いており、その最初の一文を何年も推敲し続けている。
コタールという男だけが、この状況を歓迎している。以前に何か犯罪を犯しており、市が封鎖されているあいだは逮捕されないためである。
第三部。夏になり、死者が増える。埋葬は簡略化され、やがて集団埋葬になる。市外に隔離所が設けられる。市民は次第に無感覚になっていく。
第四部。カステルが作った血清が、予審判事オトンの幼い息子に試される。効かない。子どもは長い時間苦しんで死ぬ。リウーとパヌルーはその場に立ち会う。
外に出たリウーはパヌルーに言う。あの子は少なくとも罪がなかった。パヌルーは、自分にも理解できないが、それでも愛さなければならないと答える。リウーは、自分は死ぬまで、子どもが責め苛まれるこの世界を拒み続けると言う。
パヌルーは二度目の説教をする。今度は「あなたがた」ではなく「私たち」と言い、この苦しみを前にしては、すべてを受け入れるか、すべてを拒むかしかないと語る。まもなくパヌルー自身が発病し、診断のつかないまま死ぬ。
ランベールは脱出の手はずを整えるが、出発の直前に留まることを決める。一人だけ幸福になるのは恥ずかしい、と言う。
タルーはリウーに自分の過去を話す。父は検事だった。少年のとき法廷で父が死刑を求刑するのを見て以来、人を死なせる側に立つことを拒み続けてきた。自分は誰もが持っているペストの側にいたくない、と言う。
第五部。冬に入り、統計が下がり始める。血清が効き始める。1月に市門の再開が予告される。
その時期にタルーが発病する。リウーの家で看病を受け、二日間耐えて死ぬ。数日後、リウーのもとに電報が届く。市外の療養所にいた妻が、一週間前に死んでいた。
2月、市門が開く。駅に列車が入り、離れていた者たちが再会する。街は歓声に包まれる。
リウーは、この記録を書いたのは自分だと明かす。歓声を聞きながら、リウーは、ペスト菌は死なず消えもせず、家具や書類のあいだで何十年も眠り続け、いつか再び鼠を目覚めさせて、どこかの街へ送り込む日が来るだろうと考える。