嘔吐

原題
La Nausée
作者
ジャン=ポール・サルトル
成立
1938
フランス
時代
20世紀以降

概要

1938年に刊行された長篇小説である。サルトルの最初の小説にあたる。

形式は日記である。三十歳のロカンタンという男が、1932年の一月から二月にかけての数週間を書きつける。日付が付き、途中に日付のない断片も混じる。

ロカンタンはフランス北部の港町ブーヴィルに住み、18世紀の一人の貴族について調べている。定職はなく、遺産で暮らしている。友人もほとんどいない。

日記の中身は、身のまわりの物を前にしたときに起こる感覚の記録が中心を占める。石、椅子、ドアの取っ手、自分の手。これを見ていると吐き気が起こる。ロカンタンはその原因を探していく。

サルトルは1905年生まれ。この作品を書いた時期、リセ——中等教育の学校——の哲学教師をしていた。赴任先はル・アーヴルで、作中のブーヴィルはこの町をもとにしている。

1933年から翌年にかけて、サルトルはベルリンに留学し、フッサールの現象学を学んだ。意識が常に何かについての意識であるという考え方を、ここで受け取っている。

原稿は当初『メランコリア』という題で、デューラーの版画にちなんでいた。ガリマール社に持ち込んだが一度断られ、その後、編集者の助言で書き直し、題も出版社の提案で変更された。

刊行は1938年で、サルトル三十二歳のときにあたる。作品は評価され、サルトルの名が知られるようになる。

五年後の1943年、主著存在と無が刊行される。この小説で書かれた事柄が、そこでは術語を使って論じられる。

文学史における評価と影響

哲学の議論を、術語を使わずに小説の形で提示した例として扱われる。存在に理由がないという主張が、公園の木の根を前にした感覚として書かれる。

作品の中心にあるのは、後にサルトルが「実存は本質に先立つ」と定式化する考え方である。物にも人間にも、あらかじめ定められた本質はない。人間はまず存在し、その後で自分が何であるかを行為によって決めていく。

歴史研究の放棄も、この筋と結びついている。ロカンタンは資料を集めても過去を再構成できない。過去はもう存在せず、いまあるのは紙とインクだけである。

結末の扱いは議論の対象になってきた。ロカンタンは小説を書こうと決めるが、それが救いになるかどうかは書かれていない。芸術によって存在が正当化されるという考え方を、サルトル自身は後に否定している。1964年の自伝言葉では、文学を宗教の代わりにしていたと自己批判した。

セリーヌの夜の果てへの旅からの影響も明らかで、この小説の題辞にはセリーヌの一句が引かれている。

あらすじ

一月。ロカンタンは、海辺で子どもが水切りをしているのを見て、自分も石を拾う。そのとき手に何かを感じ、石を落とす。以後、似たことが繰り返し起こる。

図書館で調べ物を続けている。研究の対象はロルボン侯爵という18世紀の人物で、ロシアで暗殺に関わったとされる。ロカンタンは資料を集めているが、何を書けばよいか決まらない。

図書館には独学者と呼ばれる男が通っている。この男は、蔵書をアルファベット順に読み進めている。いまはL項に入っている。

カフェの女主人と時々関係を持つ。かつての恋人アニーからは長く音沙汰がない。

吐き気の頻度が上がる。ビールのジョッキ、吊りバンド、電車の座席。物を見ていると、それが「物である」ことだけが残り、名前も用途も剥がれていく。

ロカンタンは、ロルボン侯爵の研究をやめる。資料をいくらそろえても、その人物を再構成することはできない。過去は、いま存在していない。ロカンタンは原稿を投げ出す。

公園の場面が作品の中心にあたる。ロカンタンは公園のベンチに座り、マロニエの木の根を見る。

そこで根は「木の根」でなくなる。黒くて節くれだった塊が、意味も理由もなくそこにある。ロカンタンは、自分がいま何を見ているのかを理解する。存在とは、こういうことだった。物がそこにあることに、理由はない。余計で、無償で、ただある。人間も同じである。

ロカンタンはこれを日記に書きつける。それまでの吐き気の正体がこれだった。

アニーがパリから連絡してきて、会う。アニーは以前、完璧な瞬間を作ろうとして生きていた。いまはそれをやめている。二人は互いに変わったことを確かめ、別れる。

独学者が図書館で事件を起こす。少年に触れたところを司書に見つかり、殴られて追い出される。ロカンタンは止めようとするが間に合わない。

ロカンタンはブーヴィルを離れることにする。最後にカフェに寄り、レコードをかけてもらう。以前から気に入っている曲で、女の歌う短い曲である。

その曲を聴きながら、ロカンタンは一つのことに気づく。この旋律は存在していない。物のようにそこにあるのではなく、演奏されるたびに現れ、必要な順序でしか成り立たない。作った者は、この曲を書くことで、自分の存在を少しだけ正当化したのかもしれない。

ロカンタンは、自分も本を書いてみようと考える。歴史ではなく、物語を。日記はそこで終わる。

作者

登場する文学史