言葉

原題
Les Mots
作者
ジャン=ポール・サルトル
成立
1964
フランス
時代
20世紀以降

概要

自伝でありながら、幼年期の七年ほどしか扱わない本である。四歳から十一歳まで。以後の生涯には触れない。二百ページほどで、「読むこと」「書くこと」の二部からなる。

書かれているのは、祖父の書斎で本に埋もれて育った子どもの姿である。遊び相手がおらず、外の世界とほとんど接しない。本の意味が分からないうちから本をめくり、やがて貪るように読む。同時に、大人たちの前で「神童」を演じ、期待に応えて愛されようとする。やがて自分で書き始め、作家になれば自分の存在は正当化されるという信念を持つに至る。

この本が他の自伝と違うのは、その少年を懐かしまない点にある。サルトルは当時の自分を突き放し、その信念を幻想として暴く。文学によって不滅を得ようとするのは、神を失った時代に文学を神の代わりに据えることでしかない。「私は文学を宗教にしていた」。 サルトルはこれを自分の「神経症」と呼ぶ。

刊行と同じ1964年、サルトルはノーベル文学賞に選ばれ、これを辞退した。 作家はいかなる公的な栄誉によっても制度化されるべきではない、という理由である。文学を神格化することを本の中で批判した年に、文学の最高の栄誉を断った形になった。

文学史における評価と影響

20世紀の自伝文学の代表作の一つとされ、サルトルの著作のなかでは文章の完成度が最も高いと評価される。

独自性は、自伝という形式そのものへの批判を含む点にある。通常の自伝は、自らの生涯を語ることでその意味を確認し、正当化する。サルトルはその逆をやった。自分の幼年期を分析し、そこにあった思い込みを解体する。書き手が自分の側に立たない自伝という形が、ここで示された。

文学の神格化への批判は、この本の核心にあたる。19世紀以来、作家は選ばれた者であり、作品によって不滅を得るという神話があった。フローベールもマラルメも、その神話の中で書いている。サルトルはその神話を、自分の少年時代を材料にして壊した。文学に救いはない。この認識は20世紀後半の文学観に深く影響している。

サルトル自身の思想とも直結している。人間はあらかじめ定められた本質を持たない、というのが存在と無の出発点だった。少年サルトルが「自分は作家である」という本質を自分に与えようとしたことは、その本で「不誠実」と呼ばれた自己欺瞞そのものにあたる。自由であることに耐えられず、「使命」という固定したものに逃げ込む。 サルトルは自分の少年時代にその見本を見つけた。

同時に、書物によって育った子どもの姿を鮮やかに描いた本としても読まれている。現実より書物の中のほうが確かだった時期を持つ読者は多く、その点でこの本は思想書としてより広く読まれてきた。

内容

サルトルは父を幼くして失い、母とともに母方の祖父シャルル・シュヴァイツェルの家に引き取られた。祖父はドイツ語の教師で、書物に囲まれて暮らす家父長的な人物である。

「読むこと」。少年は祖父の書斎で育つ。同年代の遊び相手もなく、外の世界とほとんど接しない。少年にとって本が世界だった。まだ読めないうちから本をめくり、やがて貪るように読むようになる。冒険小説、古典、百科事典。現実より、書物の中のほうが確かだった。

同時に、少年は大人たちの期待に応えて「神童」を演じる。祖父は少年を可愛がり、その早熟さを客に見せびらかす。少年は大人たちの視線の中で、自分に割り当てられた役を演じ続ける。サルトルはこの演技を容赦なく暴き出す。愛されるために振る舞い、その振る舞いを自分だと思い込んでいた、と書く。

「書くこと」。やがて少年は書き始める。読んだ冒険小説を真似た物語を書き散らす。そして次第に、作家になるという使命感を抱く。書くことによって自分は選ばれた者となり、その存在は正当化される。死後も作品によって生き続ける。この信念が少年を支える。

だが老いたサルトルは、この信念を退ける。文学によって存在を正当化し、不滅を得ようとすること。それは神を失った時代に、文学を神の代わりに据えることでしかなかった。

末尾でサルトルは、その幻想からの覚醒を語る。文学は救いではない。作家も選ばれた者ではない。三十年ほど前から自分は神経症から治った、と書く。それでも書くことは続く。書くことしかできないから書く。 この醒めた認識で本は閉じられる。最後の一文で、サルトルは自分を、まるごと一人の人間、あらゆる人間からなり、あらゆる人間に値し、どんな人間にも値しない者、と記す。

作者

登場する文学史