法王庁の抜け穴

作者
アンドレ・ジッド
成立
1914
フランス
時代
20世紀以降

概要

動機のない殺人「無償の行為」という主題を打ち出した、諷刺的な小説である。

ジッドは、背徳者狭き門で知られる作家である。この『法王庁の抜け穴』は、それらとは趣を異にする、軽妙で諷刺的な作品にあたる。

物語の発端は一つの奇妙な詐欺である。「本物のローマ法王は、フリーメーソンによって幽閉され、偽者とすり替えられている。真の法王を救出するために、資金が必要だ」——このでたらめな話を信じ込ませて、金を巻き上げる詐欺が、横行する。この噂に、さまざまな人物が振り回されていく。

物語には多彩な人物が登場する。信心深い者、無神論の作家、詐欺師、そして自由な精神の持ち主ラフカディオ。 彼らの運命が、この珍騒動を軸に、複雑に絡み合っていく。

この作品で最も名高いのが、「無償の行為(アクト・グラチュイ)」という概念である。青年ラフカディオは列車のなかで、隣り合わせた見知らぬ老人を、何の動機もなく、ただ気まぐれに、走る列車から突き落として殺してしまう。 利害も、恨みもない、純粋に無償の理由なき行為である。

動機なき殺人という、この衝撃的な着想は、後の文学に大きな影響を与えた。人間の行動は必ずしも合理的な動機に基づかない、という問いが、ここに投げかけられている。

文学史における評価と影響

ジッドの代表作の一つであり、「無償の行為」という概念によって、後の文学に大きな影響を与えた作品とされる。

この作品の最大の意義は、「無償の行為(acte gratuit)」の提示にある。青年ラフカディオが何の動機もなく、気まぐれに人を殺すという場面は、衝撃的である。人間は利害や感情といった、合理的な動機なしに、行動しうるのか。 この問いは、人間の自由と、その根拠を、根底から揺さぶるものだった。

後世への影響が大きい。動機なき行為、不条理な殺人というモチーフは、後のシュルレアリスムや、嘔吐をはじめとする実存主義文学に、深く受け継がれた。カミュの『異邦人』の太陽のせいでアラブ人を撃つムルソーにも、この「無償の行為」の系譜が通じている。

ジッドの作風の幅を示す作品でもある。狭き門の厳粛な宗教的悲劇や、背徳者の内面の探求とは異なり、この作品は軽妙で、諷刺的で、喜劇的である。 ジッドは、この作品を、小説(roman)ではなく「ソチ(sotie、諷刺笑劇)」と呼んだ。

宗教や、道徳や、社会の欺瞞を、軽やかに笑い飛ばしながら、同時に人間の自由をめぐる深い問いを投げかける。ジッドの知性と諷刺精神が結びついた、独自の達成にあたる。

あらすじ

物語はいくつもの人物の運命が、一つの奇妙な詐欺話を軸に、絡み合っていく形で、展開する。

発端は当時、実際に流布したという、突拍子もない噂である。「本物のローマ法王は、フリーメーソンの陰謀によって、地下牢に幽閉されてしまった。今、法王庁にいるのは、偽者である。真の法王を救い出すには、多額の資金がいる」——このでたらめきわまる話を、詐欺師が、言葉巧みに広める。

信心深い人々はこの話を信じ込み、「真の法王」を救うために、金を差し出してしまう。主人公の一人、敬虔なカトリック教徒のアミデは、この詐欺に引っかかり、資金集めのために、旅に出る。

物語には対照的な人物たちが登場する。アミデの義兄で、無神論者の作家ジュリユス。そしてこの物語の鍵を握る、若く自由な青年ラフカディオである。

ラフカディオは素性の定かでない、私生児の青年だった。彼は道徳や社会の規範に、まったく縛られない、自由な精神の持ち主だった。

そのラフカディオがある時、列車に乗っている。たまたま、同じ車室に乗り合わせたのが、あの詐欺に関わる旅の途中の信心深い老人だった。

そしてラフカディオは何の動機もなく、突然恐ろしい行為に及ぶ。 彼は、隣にいたこの見知らぬ老人を、走る列車の扉から、暗闇のなかへと、突き落として、殺してしまうのである。

そこには何の理由もなかった。恨みも利害も感情もない。ただ、「自分は、動機なしに、こんなことができるだろうか」という、純粋な好奇心と気まぐれから、ラフカディオは、人を殺した。これが有名な「無償の行為」である。

その後、この殺人をめぐって、詐欺話と、登場人物たちの運命が、いっそう複雑に、諷刺的に絡み合っていく。ラフカディオは罪の意識に苦しむというより、自分の行為の意味を、静かに見つめる。

宗教の欺瞞、人間の軽信、そして動機なき行為という自由の深淵。それらを、軽妙な諷刺で描きながら、人間の行動の根拠を問うたこの物語は、独特の余韻を残して閉じられる。

作者

登場する文学史