ジェルミナール
- 原題
- Germinal
- 作者
- エミール・ゾラ
- 成立
- 1885
- 国
- フランス
- 時代
- 19世紀
概要
1885年に刊行された長篇小説である。全20巻からなる『ルーゴン・マッカール叢書』の第13巻にあたる。北フランスの炭鉱町を舞台に、坑内労働の実態と、労働者が起こしたストライキ、その敗北までを描く。坑内の描写と、群衆が一つの生き物のように動く場面が強く、労働運動を扱った小説の古典になっている。題は革命暦の「芽月(ジェルミナール)」で、地下に埋もれた種が芽吹く含みを持つ。
ゾラは執筆に先立ち、1884年に北フランスのアンザンの炭鉱を訪れた。折しもストライキの最中で、彼は労働者の家に泊まり、坑内に降り、聞き取りを重ねている。作中の坑道、社宅、雑貨商の仕組みは、この取材にもとづく。
『ルーゴン・マッカール叢書』は、一つの家族の五世代を追い、遺伝的な形質が世代ごとにどう現れるかを20巻かけて記述する構想だった。エチエンヌはマッカール家の血を引く人物で、居酒屋の洗濯女ジェルヴェーズの息子にあたる。各巻は独立して読めるが、人物は巻をまたいで再登場する。
刊行は1885年。ゾラはすでに『居酒屋』『ナナ』で商業的な成功を収めており、この作品も版を重ねた。1902年のゾラの葬儀では、参列した炭鉱労働者たちが「ジェルミナール」と唱和したと伝えられる。
文学史における評価と影響
労働を正面から主題にした小説である。それまでの小説で労働者が主役になることは少なく、書かれても背景か風俗の一部だった。この作品では、坑内で何が起き、賃金がどう計算され、備蓄が尽きるまで何日もつかが具体的に書かれる。
方法として際立つのは、群衆の描き方である。ストライキの行進、坑を襲う暴徒、軍の前に立つ人々。個人ではなく集団が主語になり、一つの生き物のように動く。ゾラはこの手法を繰り返し用いたが、本作で最も大きな規模に達している。
自然主義の理論に基づく作品でもある。ゾラは、人間は遺伝と環境で決まるという前提を立て、小説を科学の手続きに近づけようとした。ただしこの理論的な土台は今日支持されていない。遺伝が形質を決定するという当時の理解は科学として更新されており、作中の遺伝の図式も成り立たない。理論より作品のほうが強かった、というのが一般的な評価である。
結末が敗北でありながら、最後の一行が希望を示す点も論じられてきた。ストライキは失敗し、指導者は町を去る。それでも地下から音が聞こえ、種が芽吹く比喩で閉じられる。この構成が、後の労働運動にとって象徴的な作品として読まれる理由になった。
日本では、プロレタリア文学の書き手たちが手本の一つにしている。小林多喜二の蟹工船も、個人ではなく集団を主体に据えるという点で共通する。
あらすじ
職を失った機械工エチエンヌ・ランチエが、真冬の夜、北フランスの炭鉱町モンスーにたどり着く。ヴォルー鉱に雇われ、坑内で働き始める。
坑内は暑く、狭く、水が滴る。マユ一家は四代にわたってこの鉱山で働いてきた。父マユ、その娘カトリーヌ、幼い子どもたちまでが坑内に降りる。地上には、社宅と、掛売りで住民を縛る雑貨商がある。会社は株主のもので、経営陣は現地にいない。
エチエンヌはカトリーヌに惹かれるが、彼女は粗暴なシャヴァルのものになる。
不況を理由に、会社が賃金の計算方法を変更する。実質的な引き下げだった。エチエンヌは社会主義の書物を読んで理論を身につけ、共済金庫を作って備えたうえで、ストライキを主導する。労働者たちは坑を止めた。
だが会社は待つ側にいる。備蓄は尽き、子どもが飢えていく。数か月におよぶ抵抗のなかで、群衆は他の坑へ押しかけ、設備を破壊し、憎まれていた雑貨商を殺してその死体を辱める。会社は憲兵と軍隊を呼んだ。坑の前で軍が発砲し、マユを含む十数人が死ぬ。
ストライキは崩れ、労働者は坑へ戻る。そこへ、対立していた老坑夫スーヴァリーヌが、無政府主義の信条から坑道の壁を破壊していた。坑内に水が流れ込み、エチエンヌ、カトリーヌ、シャヴァルが地下に閉じ込められる。エチエンヌはシャヴァルを殺し、カトリーヌと二人、暗闇のなかで数日を過ごす。カトリーヌは救出の直前に死ぬ。
助け出されたエチエンヌは、町を去る。四月の朝、彼が歩く畑の下で、坑夫たちが働く音が聞こえている。やがて種が芽を出すように人々が立ち上がるだろう、という予感とともに作品は閉じられる。