モンテ・クリスト伯

原題
Le Comte de Monte-Cristo
作者
アレクサンドル・デュマ(大デュマ)
成立
1844-1846
フランス
時代
19世紀

概要

1844年8月から1846年1月にかけて、新聞『ジュルナル・デ・デバ(論壇)』に連載された長篇小説である。日本語訳で五巻から七巻になる分量で、三銃士と並ぶデュマの代表作にあたる。

筋は復讐である。マルセイユの若い船乗りエドモン・ダンテスが、三人の男の企てによって無実の罪で投獄される。十四年後に脱獄し、獄中で教えられた財宝を手に入れ、モンテ・クリスト伯と名乗ってパリに現れ、三人を破滅させる。

作品は二つの部分に分かれる。投獄と脱獄までが全体の四分の一ほどで、残りはパリでの復讐にあてられる。後半では、復讐が無関係な人間を巻き込むこと、そして復讐する側がそれをどう受け止めるかが扱われる。

日本では明治期に黒岩涙香が『巌窟王』の題で翻案し、その名でも知られてきた。

デュマはこの作品を新聞連載として書いた。1836年以降のフランスでは、新聞が購読料を下げ、その分を広告収入と部数で埋める形に変わっており、読者をつなぎとめる小説の連載が有力な手段になっていた。この形式で書かれた小説をロマン・フイユトンという。各回の終わりに続きが気になる場面を置く書き方は、この形式の要請から生まれている。

素材は実在の事件である。パリ警視庁の記録を編んだ『パリ警察文書』に、靴職人ピコーの話が載っている。婚約を妬んだ仲間の密告で投獄され、獄中で知り合った聖職者から財産を譲られ、出獄後に密告者たちへ復讐した男の記録で、デュマはこれを下敷きにした。

執筆にはオーギュスト・マケが加わっている。マケは資料調べと筋の下書きを担当し、デュマが文章を書いた。三銃士も同じ体制で書かれている。マケは後に共著者としての権利を求めて訴訟を起こし、金銭は得たが署名は認められなかった。

文学史における評価と影響

無実の罪で奪われたものを取り返すという筋立ては、この作品以後、繰り返し使われてきた。日本でも黒岩涙香の翻案以来、映画・漫画・ドラマの原型として参照され続けている。

構成の緻密さがこの作品の特徴にあたる。前半で置かれた細部が後半で残らず使われる。エルバ島の手紙、ファリアの推理、フェルナンがギリシアにいた時期、ヴィルフォールが庭に埋めた箱。伏線の張り方と回収の仕方が、長篇の組み立て方の例として分析されてきた。

後半で扱われる問いも、単なる痛快な復讐譚と区別される点である。伯爵は自分を神の代理人と考えて復讐を進めるが、無関係な子どもが死んだところで自分の判断を疑い始める。デュマはこの疑いを解消しないまま話を終える。

同時代の文学からの評価は高くない。バルザックフロベールも、新聞連載小説を文学として扱わなかった。デュマの作品が研究の対象になるのは20世紀後半以降で、1970年代以降に版本の校訂も進んだ。2002年、デュマの遺骨はパンテオンに移されている。

あらすじ

1815年2月、マルセイユ。船乗りエドモン・ダンテスは航海から戻る。船長が航海中に死んだため、船主モレルは十九歳のダンテスを後任に据えるつもりでいる。婚約者メルセデスとの結婚も決まっている。

この昇進を妬む会計係ダングラールと、メルセデスに求婚して断られた漁師フェルナンが結託する。二人は、ダンテスが航海の途中でエルバ島に寄り、流刑中のナポレオンから手紙を預かった事実を利用し、匿名の密告状を書く。婚約披露の席でダンテスは逮捕される。

取り調べにあたった代理検事ヴィルフォールは、手紙の宛先が自分の父親、つまりナポレオン派の人物だと知る。自分の経歴を守るためにヴィルフォールは手紙を焼き、ダンテスを裁判にかけないままイフ城の地下牢に送る。

投獄は十四年に及ぶ。六年目、隣の房から掘り進んできた老囚人ファリア司祭と出会う。イタリアの聖職者で、統一の陰謀に関わって捕らえられていた。ファリアはダンテスに語学、数学、歴史を教える。さらに、逮捕当時の状況をダンテスに語らせ、誰がなぜ密告したかを推理して示す。ダンテス自身は誰に陥れられたかを知らなかった。

ファリアは発作で死ぬ間際、モンテ・クリスト島に埋められた財宝の場所をダンテスに教える。ダンテスは遺体を自分の房に移し、自分は屍衣に入れ替わる。死者は海に投げ捨てる決まりだった。ダンテスは袋を裂いて泳ぎ出る。

密輸船に拾われ、モンテ・クリスト島で財宝を掘り出す。以後、ダンテスは正体を隠したまま各地を回る。まず司祭を装って、かつての恩人たちと敵たちの現状を調べ上げる。船主モレルは破産寸前で、ダンテスはこれを匿名で救う。

九年後、パリの社交界にモンテ・クリスト伯が現れる。莫大な富と、東方帰りの謎めいた経歴を持つ人物として迎えられる。ダングラールは男爵で大銀行家、フェルナンはモルセール伯爵で将軍になり、メルセデスと結婚している。ヴィルフォールは検事総長である。

伯爵は三人それぞれの過去を材料に使う。フェルナンは、ギリシア独立戦争でアリ・パシャを裏切って売り渡した過去を新聞に暴かれ、貴族院で審問を受ける。証人として、そのとき奴隷に売られた娘エデが出廷する。フェルナンは自殺する。ヴィルフォールは、若いころ不倫でもうけた子を庭に埋めた過去を暴かれる。その子は生きており、成人して詐欺師となり、伯爵の手引きで社交界に入り込んでいた。ヴィルフォールの家では妻が遺産目当てに毒殺を重ねており、事実を突きつけられた妻は子を道連れに死ぬ。ヴィルフォールは発狂する。ダングラールは伯爵に仕組まれた投機で破産し、逃亡先で捕らえられ、食事に法外な代金を課されて全財産を失ったうえで解放される。

ヴィルフォールの子の死を見たとき、ダンテスは自分の復讐が行きすぎたのではないかと考える。イフ城を訪ね、自分が入っていた房を見て、神が自分を道具として用いたのかどうかを問い直す。ダングラールを最後に許すのはこのためである。

伯爵はモレルの息子マクシミリヤンと、ヴィルフォールの娘ヴァランティーヌを結ばせ、財産を残して姿を消す。残された手紙にこう書かれている。人間の知恵は「待て、しかして希望せよ」という言葉に尽きる。

作者

登場する文学史