井原西鶴

- 原綴
- Ihara Saikaku
- 生没
- 1642–1693
- 出身
- 大坂(現・大阪市)
- 国
- 日本
- 時代
- 近世
生涯
1642年、大坂の町人の家に生まれた。裕福な商家の出とされるが、詳しい経歴は分かっていない。妻子を早くに失い、家業を人に任せて文筆に専念したと伝えられる。
俳諧師として出発した。当時流行した「矢数俳諧」——一昼夜に何句詠めるかを競う興行——に打ち込み、1684年には住吉神社で一昼夜に二万三千五百句を詠んだという記録がある。一句あたり数秒の計算になり、内容よりも速度そのものを芸にする発想の持ち主だった。
41歳のとき、好色一代男(1682年)を刊行して散文に転じる。これが「浮世草子」と呼ばれる新しい分野の出発点になった。町人の日常と色恋を扱った、当時の娯楽の読み物を指す。以後、色恋、金銭、武家、諸国の奇談と、題材を次々に変えながら書き続ける。1693年、52歳で死去した。
作風
西鶴は、俳諧で身につけた速度を散文に持ち込んだ。文は短く切り詰められ、説明が省かれ、場面が次々に転換する。感傷がなく、人物の内面をほとんど書かない。何が起きたかだけを畳みかけていく文体である。
題材の中心は、当時の町人の生活である。好色一代男では、主人公の世之介が7歳から60歳まで女性遍歴を重ね、最後は女だけが住むという女護島へ船出する。荒唐無稽な設定だが、そこに描かれるのは当時の遊里と町の実際の風俗である。
本領はむしろ経済にあるという見方が強い。日本永代蔵世間胸算用では、どうやって金を貯めたか、どうやって破産したか、大晦日に借金取りをどう追い返すかが主題になる。人間を金の動きを通して観察する視線が一貫しており、成功も没落も、道徳的な評価を加えずに書く。
事件を素材にすることも多かった。好色五人女の五篇は、いずれも当時実際に起きた心中や姦通の事件をもとにしている。
作品
好色一代男(1682年)
最初の浮世草子で、この分野の出発点とされる。
好色五人女(1686年)
実際の事件を素材にした五篇からなる。八百屋お七の話を含む。
日本永代蔵(1688年)
町人がどう金を儲け、どう失うかを集めた短篇集である。副題は「大福新長者教」。
世間胸算用(1692年)
大晦日の一日に絞って、借金の取り立てと言い逃れを描く。
いずれも一話が短く、金をめぐる人間の観察が明快で、入口に向く。原文は註がないと難しいため、現代語訳との対訳版を選ぶと、切り詰められた文体の速度も味わえる。
文学史における立ち位置と影響
西鶴は近世文学を代表する。商業出版が成立し、町人が本を買うようになった時代の文学であり、主題が金と色であることは、その市場構造と直結している。作者が町人で、読者も町人で、書かれるのも町人の生活である、という循環がここで成立した。
松尾芭蕉とはほぼ同時代にあたる。同じ俳諧の世界から出て、一方は詩の高みへ、一方は散文の速度へ向かったという対比になる。
金銭を正面から主題にした点で、19世紀フランスのバルザックと比較されることがある。直接の関係はないが、商業社会が成熟すると文学が金を主題にする、という点は共通している。
近代に入って再評価された。とくに樋口一葉は西鶴を熱心に読み、その擬古文——江戸以前の古い文語を模した文体——に影響が指摘される。近代の作家が江戸の散文から学び直した例として重要である。