三つの物語

原題
Trois contes
作者
ギュスターヴ・フローベール
成立
1877
フランス
時代
19世紀

概要

1877年4月に刊行された短篇集である。フロベールが生前に刊行した最後の本にあたる。

収められているのは三篇で、扱う時代がそれぞれ違う。「素朴な心」は19世紀ノルマンディーの女中の一生、「聖ジュリアン伝」は中世の聖人伝説、「ヘロディア」は古代パレスチナでの洗礼者ヨハネの処刑である。配列は執筆順ではなく、現代から古代へさかのぼる形に置かれた。

三篇の分量はいずれも五十ページ前後で、合わせても長篇一冊に満たない。フロベールはボヴァリー夫人以来、一作に五年前後をかけてきたが、この三篇は約一年半で書かれている。

フロベールは1875年から1877年にかけてこの三篇を書いた。当時、姪の夫の事業が破綻し、フロベールは自分の財産の大半を処分して援助にあてている。書きかけのブヴァールとペキュシェは行き詰まっていた。

最初に書かれたのは「聖ジュリアン伝」で、着想はルーアン大聖堂のステンドグラスによる。次に「素朴な心」が書かれた。フロベールは友人への手紙で、この一篇を皮肉なしに書いていると断っている。フェリシテの造形には、フロベール家に仕えた女中と、子どものころに世話になった乳母の記憶が入っているとみられる。最後に「ヘロディア」が書かれた。

三篇はまず雑誌に分載され、同じ年に一冊にまとめられた。刊行の三年後、1880年にフロベールは脳出血で急死する。

文学史における評価と影響

「素朴な心」は短篇小説の代表作として広く読まれてきた。読み書きのできない女中の五十年を、憐れみも賛美もつけずに書き通す。フェリシテは一度も自分の境遇を語らず、作者も評価を下さない。剥製のオウムを聖霊と取り違える結末についても、それが誤りだとは書かれない。

この書き方は、ボヴァリー夫人で確立された方法の延長にある。作者は作品の中に姿を見せず、事実の配置だけで意味を成立させる。モーパッサンはフロベールから直接この方法を教わり、首飾りなどの短篇で用いた。

三篇を並べたことの意味も論じられてきた。近代の女中、中世の聖人、古代の預言者。いずれも信仰に関わる話で、いずれも幻視か殉教で終わる。ただしフロベールは信仰を持たなかった。信じる者を内側から書きながら、その信仰が正しいかどうかには触れないという扱い方が共通している。

「ヘロディア」のサロメは、19世紀後半の芸術で繰り返し扱われた主題である。同じ時期にギュスターヴ・モローが油彩と水彩で描き、後にドリアン・グレイの肖像にモローへの言及が現れ、ワイルドが戯曲『サロメ』を書く。フロベールの一篇はこの流れの早い時期に位置する。

あらすじ

「素朴な心」。ノルマンディーの町ポン・レヴェックで、フェリシテは五十年にわたってオーバン夫人の家に女中として仕える。物語はその一生を追う。

若いころ、テオドールという男に結婚を申し込まれるが、徴兵を逃れるために別の裕福な女と結婚され、捨てられる。以後フェリシテは奉公に出て、家事のいっさいを引き受ける。読み書きはできない。

フェリシテは主家の娘ヴィルジニーを可愛がるが、ヴィルジニーは修道院の寄宿学校で肺炎にかかって死ぬ。次に甥のヴィクトールを慕うが、船乗りになったヴィクトールはハバナで黄熱病により死ぬ。フェリシテは知らせを受けても、地図の上でハバナの位置を教えられるだけで、何が起きたのか実感できない。

年老いて耳が遠くなり、外の音が聞こえなくなる。オーバン夫人から譲られたオウムのルルーだけが話し相手になる。ルルーが死ぬと剥製にして部屋に置く。目が悪くなるにつれて、フェリシテはこの剥製を、教会の絵で見た聖霊の鳩と重ねて考えるようになる。

肺炎で床につき、聖体行列の日に死ぬ。息を引き取るとき、天が開いて巨大なオウムが自分の上に浮かんでいるのを見る。

「聖ジュリアン伝」。中世。城主の子として生まれたジュリアンは、幼いころから小動物を殺すことに取り憑かれ、長じては大がかりな狩りを繰り返す。ある日、追い詰めた大鹿が口をきき、いつか父と母を殺すと告げる。

ジュリアンは予言を恐れて城を出る。傭兵として各地で戦い、皇帝の娘と結婚して宮廷に落ち着く。狩りは断っている。

老いた両親が息子を探し当てて城を訪ねてくる。ジュリアンは留守で、妻が二人を寝室の寝台に休ませる。夜に戻ったジュリアンは、暗い寝室の寝台に二人の姿を認め、妻が男を引き入れたと思い込んで剣で刺す。外に出たところで妻に会い、殺したのが両親だと知る。

ジュリアンは城も妻も捨てて放浪し、乞食となる。やがて渡し場に小屋を建て、無償で人を渡す仕事に就く。ある嵐の夜、癩を病んだ旅人を渡し、小屋に入れ、食べ物と寝床を与え、最後に求められるまま裸で抱いて温める。旅人はキリストの姿になり、ジュリアンを抱えて天に昇る。

末尾に一文が付く。この話は自分の土地の教会のステンドグラスに描かれている通りだ、と作者が記す。

「ヘロディア」。1世紀のパレスチナ、死海東岸のマケルスの城塞。領主ヘロデ・アンティパスは、兄の妻だったヘロディアを娶ったことを預言者イオカナン(洗礼者ヨハネ)に非難され、その男を城の地下牢に閉じ込めている。

ローマの高官が到着し、城で宴が開かれる。ヘロディアは夫がイオカナンを殺そうとしないことに苛立っている。ヘロデはこの預言者を恐れており、殺すことも解き放つこともできない。

宴の席に少女が現れて踊る。ヘロデはその踊りに我を忘れ、望むものを何でも与えると誓う。少女は母に教えられた通り、イオカナンの首を求める。少女は自分が誰の娘か告げないまま踊っており、ヘロデはそれがヘロディアの娘サロメだと気づいていない。

首は刎ねられ、盆に載せて運ばれる。夜が明けると、イオカナンの弟子三人が首を持って歩き出す。重いので交代で担ぎながら、ガリラヤへ向かう。

作者

登場する文学史