春琴抄
- 作者
- 谷崎潤一郎
- 成立
- 1933
- 国
- 日本
- 時代
- 近代
概要
句読点がほとんどない小説である。改行も少なく、会話に括弧がつかない。文字が詰まった塊として組まれている。 読みにくいが、その読みにくさが速度を作る。
物語は、盲目の三味線の師匠春琴と、その世話をする下男佐助の関係にあたる。
春琴は薬屋の娘で、九歳で失明した。美しく、才能があり、そして苛烈である。 稽古では弟子を打ち、罵る。佐助に対してはとりわけ厳しい。
佐助は四つ年下の奉公人として春琴に仕える。手を引き、風呂に入れ、用を足す世話までする。 そして密かに三味線を習い、押入れの中で夜に稽古する。
二人のあいだには子ができる。だが春琴は佐助を夫とは認めない。人前では主人と下男のままで通す。佐助もそれを望む。
事件が起きる。何者かが夜に忍び込み、春琴の顔に熱湯を浴びせる。顔に大きな傷が残る。
春琴は佐助に、自分の顔を見ないでほしいと言う。
そこで佐助は、縫い針で自分の両目を突く。
盲目になった佐助は春琴に告げる。これでもうお顔は見えません。
春琴は泣く。そして二人は、それまでで最も深く通じ合った瞬間を迎える。
語り手は、この話を「春琴伝」という古い伝記と、佐助の晩年の証言から組み立てている。そして、どこまでが事実か分からないと繰り返し断る。熱湯をかけた犯人が誰かも、確定されない。
文学史における評価と影響
谷崎の代表作の一つであり、その美意識が最も凝縮した作品とされる。
主題は仕えることの快楽にある。佐助は春琴に虐げられ、それを喜ぶ。目を突くのは犠牲ではなく、望んで手に入れた状態である。 相手のために何かを失うのではなく、相手と同じ世界に入るために失う。
「陰翳」の美学とも結びつけて論じられる。同じ時期に書かれた陰翳礼讃で、谷崎は暗さの中でこそ物が美しく見えると論じた。佐助が目を突いた後、春琴の顔は永久に失明前のままになる。 見えないことが、美を保存する。
文体の実験としての側面も大きい。句読点を減らし、会話を地の文に溶かす。近世の文章——西鶴や語り物——の呼吸を、近代の小説に持ち込む試みにあたる。谷崎はこの時期、日本の古典への傾斜を強めており、後に源氏物語の現代語訳に着手する。
語りの構造も指摘される。語り手は資料を集め、推測し、断定を避ける。佐助の目が本当に自分で突いたものかも、確証はないと述べる。 この距離の取り方によって、話が伝説めいて見える。
芥川との論争が背景にある。芥川は筋のない小説を高く評価したが、谷崎は筋の面白さこそ小説の骨格だと反論した。 この作品は、その主張の実践にあたる。
あらすじ
春琴は大坂の薬屋の娘として生まれた。幼い頃から美しく、才があった。九歳のとき、眼病で失明する。
以後、春琴は三味線と琴に打ち込む。稽古は厳しく、上達は早かった。
佐助は同じ店の丁稚で、四つ年上である。春琴の手を引く役を任される。やがて身の回りの世話をすべて引き受けるようになる。
佐助は春琴に憧れ、密かに三味線を習い始める。夜、押入れに入り、明かりを消して弾く。 盲目の春琴と同じ条件で稽古するためである。それが露見すると、春琴は佐助を弟子にする。
春琴の稽古は苛烈だった。撥で打ち、罵り、泣くまでやめない。佐助は打たれるほど熱心になる。
やがて春琴は独立して師匠となる。佐助は住み込みで仕える。
二人のあいだに子が生まれる。だが春琴は認めない。子は他家に預けられる。春琴は佐助を夫とせず、佐助も主人と呼び続ける。
春琴には弟子が多いが、その苛烈さから恨みを買ってもいた。とりわけ利太郎という金持ちの弟子が、春琴に言い寄って手ひどく拒まれている。
ある冬の夜。何者かが寝室に忍び込み、春琴の顔に熱湯を浴びせる。
春琴は生き延びたが、顔に大きな傷が残る。犯人は分からない。利太郎が疑われたが、証拠はない。
春琴は人に会わなくなる。顔を布で覆い、佐助にさえ見せない。そしてある日、佐助に言う。この顔を見ないでほしい。
佐助は決める。
朝、佐助は鏡の前に座り、縫い針を取る。そして自分の左目の黒目を突いた。 続いて右目も突いた。眼球が破れ、視力が失われていく。
佐助は春琴の前に出て告げる。私は目が見えなくなりました。もう一生お顔を見ることはありません。
春琴は言葉を失い、そして泣いた。
その後の二十年ほど、二人は同じ暗さの中で暮らした。佐助は、この時期が最も幸福だったと晩年に語っている。
春琴が死んだ後も、佐助は生き続けた。そして、自分が失明したことを一度も後悔しなかったと語ったという。