日本文学作者一覧森鴎外

森鴎外

生没
1862–1922
日本
時代
近代

何をやったか

軍医と作家を、どちらも本業として生涯続けた。 陸軍軍医としては最高位の陸軍軍医総監まで昇り、同時に膨大な量の翻訳・小説・戯曲・評論を残している。この二重生活は例外的である。

ドイツ留学から帰国した直後に舞姫(一八九〇年)を発表した。留学中の日本人青年と現地の踊り子の悲恋を、雅文体(文語)で書いている。二葉亭四迷が言文一致に苦闘していた時期に、あえて格調の高い文語を選んだ点が特徴的である。

翻訳者としての功績も大きい。ゲーテ、イプセン、アンデルセンなどを日本語に移し、西洋文学を日本へ導入する回路そのものを作った。

文学史における位置

夏目漱石と並ぶ、近代日本文学の基礎を築いた世代である。二人とも国費で留学し(鴎外はドイツ、漱石はイギリス)、西洋を内側から見たうえで日本語で書いた。

ただし方向は対照的だった。漱石が近代人の内面の苦悩へ向かったのに対し、鴎外は晩年に史伝という形式へ進む。『渋江抽斎』では、江戸期の一人の医師の生涯を、資料を積み上げて淡々と記述した。

これは小説というより考証に近い。筋の面白さも心理描写も意図的に排除されている。 近代小説の枠に収まらないこの形式は、日本近代文学の中でも独特の達成として評価されている。

自然主義が作者の内面告白へ向かった時代に、鴎外は正反対の没個性的な記述へ向かったことになる。

代表作

何から読むか

舞姫は文語体なので、初読では註のある版が要る。むしろ『高瀬舟』のような後期の短篇のほうが入りやすい。

鴎外の本領は史伝にあるとする評価は根強いが、『渋江抽斎』は事件が起きない資料の記述が続くため、通読には覚悟が要る。漱石と読み比べる目的なら舞姫から入るのが順当である。

著作権保護期間が満了しているため、主要作品は青空文庫で読める。

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作品

登場する文学史

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