樋口一葉

- 原綴
- Higuchi Ichiyō
- 生没
- 1872–1896
- 出身
- 東京府(現・東京都千代田区)
- 本名
- 樋口奈津
- 国
- 日本
- 時代
- 近代
生涯
1872年、東京に生まれた。本名は奈津(なつ)。父が士族の株を買って身分を得た家で、当初は経済的に安定しており、幼い頃から読書に親しみ、和歌と古典を学んだ。
父の事業の失敗と死により、一家は困窮する。長兄も早くに亡くなり、一葉は10代で戸主となって、母と妹を養う立場になった。針仕事や洗い張りで生計を立てたが、暮らしは苦しかった。
生活のために小説を書き始める。半井桃水(なからいとうすい)という新聞小説家に弟子入りして手ほどきを受けた。下谷龍泉寺町で雑貨店を営んだ時期があり、この吉原(遊郭)に近い町での経験が、後のたけくらべの素材になる。1894年から96年にかけての一年半ほど——後に「奇跡の十四か月」と呼ばれる期間——に、代表作を集中して書いた。だが、その絶頂で結核が悪化し、1896年、24歳で死去した。評価が本当に定まったのは、死後である。
作風
一葉は、古典的な文体で近代的な主題を書いた。文体は擬古文(ぎこぶん)、つまり古典を手本にした文語体で、江戸の井原西鶴の影響を受けた、雅と俗を混ぜた流麗な文章である。明治期に言文一致(話し言葉に近い文体)が模索されていた時期に、あえて古典的な文体を選んだ点が際立つ。
扱った主題は、貧困・階級・女性の境遇である。遊女になるほかない少女、夫に虐げられて離縁を望む妻、酌婦として生きる女。当時の社会の底で生きる人々、とりわけ逃げ場のない女性たちを、感傷に流れず描いた。古い文体と、生々しい近代の現実という組み合わせが、この作家を独特にしている。
困窮の実体験が、その視線を支えている。自身が貧しさのなかで家族を養った経験が、下層の人々を上から憐れむのではなく、内側から書くことを可能にした。
作品
たけくらべ(1895〜96年)
代表作である。吉原の遊郭に隣接する町の子どもたちを描く。やがて遊女になることが決まっている少女・美登利と、寺の跡取りとして僧になる少年・信如の大人になる直前のはかない時間が書かれる。
にごりえ(1895年)
銘酒屋(実質的に遊興の場)で働く女・お力の破滅を描く。十三夜(1895年)は、嫁ぎ先で虐げられ、離縁を願って実家に戻る妻を描く。短く筋も明快で、入口に向く。
いずれも擬古文のため、現代の読者には註のある版か現代語訳の併用が現実的である。
文学史における立ち位置と影響
一葉は、近代日本で最初の職業女性作家とされる。それ以前にも書く女性はいたが、原稿料で生計を立てようとした例としては早い。女性が書くこと自体が例外的だった時代に、その道を切り開いた。
森鷗外らがたけくらべを絶賛したことで、文壇での地位が確立した。鷗外は当時最高の批評家の一人であり、その評価は決定的だった。だが直後に一葉は没したため、本格的な活躍は幻に終わった。もし長く生きていれば、という「もし」が繰り返し語られる作家である。
文学史的には、言文一致運動の流れから外れた位置にいる。近代文学が話し言葉へ向かうなかで、古典的な文体で近代的な現実を書いた点は、後続を持たない孤立した達成だった。2004年から五千円札の肖像になり、日本の紙幣に採用された最初の女性でもある。著作権保護期間は満了している。