君主論
- 原題
- Il Principe
- 作者
- マキァヴェッリ
- 成立
- 1532
- 国
- イタリア
- 時代
- ルネサンス
概要
1513年に書かれ、著者の死から五年後の1532年に刊行された政治論である。全26章、短い。
論じられるのは、君主がどうすれば国を得られるか、そして得た国をどう保つかである。扱うのは「どうあるべきか」ではなく「実際にどうなっているか」だと、著者自身が第15章で宣言する。 想像上の理想の君主像を論じてきた先例と自分は違う、人がどう生きるべきかにこだわって現に生きている姿を見失えば、身の破滅を招く、という趣旨である。
構成は明快である。前半で国家の種類と獲得の方法、中盤で軍隊、後半で君主の資質と振る舞いを扱い、最後にイタリアの現状への訴えで終わる。
この本を難しくしているのは、著者の立場が読み取りにくい点にある。冷徹な助言として書かれているのか、権力の実態を暴くことで批判しているのか、庇護を求めるための売り込みなのか。五百年にわたって解釈が対立し続けている。
執筆は失脚の直後にあたる。マキァヴェッリはフィレンツェ共和国の第二書記官として十四年間、外交と軍事に携わっていた。1512年にメディチ家が復権して共和政が倒れると職を失い、翌年には陰謀への関与を疑われて投獄され、拷問を受けた。釈放後、郊外の農園に隠棲する。
友人ヴェットーリに宛てた手紙に、その暮らしが書かれている。昼は宿屋で村人と賭け事をし、夕方に帰って泥だらけの服を脱ぎ、宮廷用の衣に着替えて書斎に入り、古人と対話する。そこで得たものを小冊子にまとめた、と述べる。この本は、職に復帰したい人間が、書斎で書いた売り込みの書でもある。
献辞はロレンツォ・デ・メディチに宛てられている。献上されたが、職は得られなかった。
同時期に、共和政を論じた『ディスコルシ(Discorsi)』を書いている。ローマ史を素材に共和政の優位を論じた大部の著作で、こちらでは市民の自由と制度の均衡が主題になる。君主政を説く本と共和政を説く本を、同じ時期に並行して書いている。 この矛盾をどう扱うかが、解釈の分かれ目の一つになっている。
刊行は死後の1532年、教皇クレメンス七世の許可を得て行われた。だが1559年、カトリック教会の禁書目録に載せられる。
文学史における評価と影響
政治を、宗教と道徳から切り離して論じた最初期の著作として位置づけられる。中世の君主論は「君主の鑑」と呼ばれる型を持ち、徳を備えた理想の統治者像を説くものだった。この本はその型を明示的に否定し、現に権力がどう働いているかを記述の対象にする。近代政治学の出発点とされる理由がここにある。
同時に、扱いは古代の著述の枠内にある。歴史上の実例を並べて教訓を引き出す方法は、ローマの著述家から受け継いだものである。第一次資料は自身の外交経験で、チェーザレ・ボルジアの統治を間近に見た記録が繰り返し用いられる。
「マキャヴェリズム」という語が、この本から生まれた。目的のために手段を選ばない態度を指す。ただしこの語の流通は、本の内容よりも、16世紀の反マキァヴェッリ論を経由した像に負う面が大きい。エリザベス朝の演劇には、悪辣な策謀家を「マキァヴェル」と呼ぶ型ができ、マーロウの劇では本人が幕開けに登場して口上を述べる。
解釈の対立は現在も続く。ルソーは社会契約論で、この本は共和主義者による風刺であり、君主に助言する体裁で人民に警告したのだと述べた。一方、額面通りに権力の技術書として読む立場も強い。20世紀にはアイザイア・バーリンが、この本の核心は、キリスト教的な徳と、国家を保つために必要な徳とが両立しないことを示した点にあると論じた。
短く、章ごとに独立しているため読みやすい。日本でも複数の訳が読める。ただし、この本だけを読むとマキァヴェッリの全体像は掴めず、『ディスコルシ』と併せる必要がある。
内容
前半では、君主国を世襲のものと新しく獲得したものに分け、後者の困難を論じる。征服した土地を保つには、そこに住むか、植民を送るか、旧来の制度を破壊するかしかない。自由に慣れた共和国を征服した場合は滅ぼすほかない、と述べる。
第6章から第9章では、権力を得る道筋を、自らの力量によるもの他人の力や運によるもの悪辣な手段によるもの市民の支持によるものに分ける。ウィルトゥ(力量・器量)とフォルトゥーナ(運)という一対の概念が全体を貫く。運は制御できないが、備えのある者は運の変化に対処できる、と説く。
第12章から第14章は軍事にあてる。傭兵と外国からの援軍を厳しく批判し、自国の市民からなる軍隊を持つべきだと主張する。傭兵は平時には略奪し、戦時には逃げる。君主は戦争以外のことを目的にしてはならず、平時にも狩猟で地形を学び、歴史を読むべきだと述べる。
第15章から後半が、最もよく知られる部分である。
寛大であろうとして財を配れば、やがて増税で憎まれる。むしろ吝嗇と呼ばれるほうがよい。愛されるのと恐れられるのとどちらがよいかという問いには、両立が難しいなら恐れられるほうを取れと答える。人は自分の意志で愛するのをやめられるが、恐れは君主の側が握っているためである。ただし憎まれてはならない。憎悪を招くのは、財産と女に手を出すことだと明言する。
第18章では、君主は約束を守るべきか、が論じられる。守るのが立派だが、事情が変われば守る必要はない。人はみな善良ではないのだから、と述べる。ここで、力と狡知——獅子と狐——の双方が必要だという有名な比喩が置かれる。獅子は罠を見抜けず、狐は狼を防げない。そのうえで、そうした本性を隠す術が要ると続ける。慈悲深く、信義に篤く、敬虔に見えることが必要であり、実際にそうである必要はない、というのがこの章の主張になっている。
第25章は運と力量の関係を扱う。運は人事の半分を支配し、残りの半分は人間に委ねられている。運は堤防を築かない土地を襲う河のようなものだ、と述べる。
最終章は調子が変わる。外国の軍に踏みにじられるイタリアの現状を訴え、メディチ家に統一の担い手となるよう呼びかけ、ペトラルカの詩を引いて閉じられる。