首飾り
- 原題
- La Parure
- 作者
- ギ・ド・モーパッサン
- 成立
- 1884
- 国
- フランス
- 時代
- 19世紀
概要
1884年2月、新聞『ル・ゴーロワ』に発表された短篇小説である。翌年の短篇集『昼と夜の物語』に収められた。日本語訳で二十ページに満たない短さで、モーパッサンの三百篇ほどの短篇のうち最も広く読まれている。
主人公マチルドは文部省の下級官吏の妻である。大臣夫妻の夜会に招かれるが、身につける宝石を持っていない。裕福な学友からダイヤの首飾りを借り、その帰りに紛失する。同じ品を買って返し、その借金を返済するために夫婦は十年を費やす。
最後の一行で、借りた首飾りが模造品だったことが明かされる。この結末の置き方によって知られ、短篇の構成を説明する例として各国の教科書に採られてきた。
モーパッサンは1880年に脂肪の塊で世に出てから、十年ほどのあいだに三百篇ほどの短篇を書いた。多くは新聞と雑誌に発表され、後に短篇集にまとめられている。この作品もその一つで、掲載紙の『ル・ゴーロワ』は当時パリの有力紙だった。
素材は身近なところから採られている。ノルマンディーの農民、パリの下級官吏、娼婦、狩人。この作品の夫婦も文部省の書記官の家庭で、当時の読者には見慣れた階層である。
文体はフロベールの指導によって作られた。母がフロベールの旧友だった縁で、モーパッサンは十代から作品を見てもらっている。凡庸な表現を許さず、ぴったりの一語を探させるという教え方だった。この作品でも作者はマチルドを批評しない。虚栄をとがめる文も同情する文も置かず、起きたことだけを書く。
文学史における評価と影響
短篇小説の構成を説明する例として、フランスに限らず各国の教科書に採られてきた。日本でも国語の教材に使われている。
その理由は結末の置き方にある。十年の労働が無意味だったことが最後の台詞で分かり、そこで作品が終わる。マチルドがどう反応したかも、その後どうなったかも書かれない。
伏線の配置も繰り返し分析されてきた。冒頭でマチルドの不満が示され、宝石箱から最も豪華な品が選ばれ、返却のときフォレスチエ夫人が箱を開けもしない。最後の一行が成り立つために必要な事実が、伏線と分かる形にせずに置かれている。
主題の読みは分かれる。身分不相応な望みが破滅を招いたという読み方が古くからある。一方で、マチルドは十年逃げずに働き、夫も文句を言わずに支えた。あの夜に本当のことを言っていれば十年は要らなかったが、それを妨げたのは虚栄であると同時に、借りたものは弁償するという誠実さでもある。
モーパッサンの短篇には、些細な偶然で生涯が決まる話が多い。この作品にも教訓は付されず、そうなったという事実だけが残る。
日本では明治期から訳され、簡潔な文体と説明を加えない結末が、日本の短篇小説に影響を与えた。
あらすじ
マチルド・ロワゼルは容姿に恵まれて生まれたが、家に財産がなく持参金も用意できなかった。縁談は文部省の書記官との間にまとまる。暮らしに困るわけではない。ただ、擦り切れた椅子や三日続けて出る同じスープに耐えられず、絹の壁掛けと銀の燭台のある家こそ自分にふさわしいと考えている。
修道院付属の寄宿学校で一緒だったフォレスチエ夫人は、裕福な家に嫁いだ。その家を訪ねると自分の境遇との差が苦しく、やがて足が遠のく。
ある夕方、夫が封筒を持ち帰る。文部大臣夫妻の夜会への招待状で、下級官吏の家にはめったに回ってこない。夫は喜ぶが、マチルドは着ていく服がないと言って泣き出す。夫は狩猟用の銃を買うために貯めていた四百フランを渡し、それでドレスをあつらえさせる。
会が近づくと、今度は身につける宝石がないと言い出す。夫の勧めでマチルドはフォレスチエ夫人を訪ね、差し出された箱の中からダイヤモンドの首飾りを選んで借りる。
夜会でマチルドは注目を集める。大臣までがその姿に目を留め、賛美のうちに夜が過ぎる。明け方、二人は寒い通りを歩いて帰る。家に着いて鏡の前に立つと、首飾りがない。
道をたどり直し、警察に届け、新聞に広告を出すが見つからない。宝石箱に入っていた商標を頼りに同じ品を探し、三万六千フランでようやく見つける。夫が父から相続した一万八千フランを充て、残りは高利の金貸しから借りた。
首飾りは返された。フォレスチエ夫人は箱を開けもせずに受け取る。
そこから十年が始まる。夫婦は屋根裏に移り、女中に暇を出した。マチルドは自分で皿を洗い、洗濯物を運び、市場で一スーを値切って店の者と争った。夫は夜に写字の内職をした。十年で借金は返し終える。
その間にマチルドは変わった。手は荒れ、髪は乱れ、声は大きくなり、貧しい家の逞しい女になっている。
ある日曜日、シャンゼリゼでフォレスチエ夫人を見かける。相手は昔のまま若く美しい。声をかけても気づかれない。マチルドは名乗り、あの夜に首飾りを失くしたこと、同じ品を買って返したこと、そのために十年働いたことを打ち明ける。もう終わったので嬉しい、と言う。
フォレスチエ夫人は両手を取って答える。あれは模造品で、値は五百フランもしなかった。