フェードル

原題
Phèdre
作者
ジャン・ラシーヌ
成立
1677
フランス
時代
17世紀

概要

1677年1月に初演された五幕の韻文悲劇である。ラシーヌが劇作から退く前の最後の作品にあたる。

題材はギリシア神話による。アテナイ王テセウスの妃フェードルが、テセウスの先妻の子イポリットに恋する。義理の息子であり、罪になる。フェードルはそれを誰にも言えずに衰弱している。

劇はテセウスの死の報せから始まる。夫が死んだのなら罪にならない、という一点が状況を動かす。だがテセウスは生きて戻ってくる。

ラシーヌは典拠として、エウリピデスの『ヒッポリュトス』とセネカの『パエドラ』を挙げている。両者からの主な変更点は、イポリットに恋人を与えたことにある。この一人の追加によって、フェードルの動機に嫉妬が加わる。

初演の際、対立する劇団が同じ題材の劇を同時に上演した。ジャック・プラドンによる『フェードルとイポリット』で、二日後にギネゴー座で初日を迎えている。

背景に、ラシーヌの成功を快く思わない一派の動きがあった。両方の劇について、桟敷席を大量に買い占めて空席にする、あるいは埋めるという工作が行われたと伝えられる。ラシーヌの側の興行は当初伸びなかった。

この騒動の後、ラシーヌは劇作をやめた。三十七歳だった。同じ年に国王の修史官に任命されている。信仰への回帰と、劇界の争いへの疲れが理由として挙げられるが、確定していない。

以後ラシーヌが書いた劇は、1689年のエステルと1691年のアタリーの二作だけで、いずれも学校での上演のために依頼されたものである。

なおラシーヌは、少年期をポール・ロワヤル修道院で過ごした。ジャンセニスムの拠点で、人が救われるかどうかは神が決めるという厳しい立場をとる。演劇はそこで否定されており、ラシーヌが劇作家になったこと自体が、育った場所との断絶だった。

文学史における評価と影響

フランス古典悲劇の到達点として扱われる。三一致の規則——時、場所、筋を一つにまとめる——が守られ、事件はすべて一日のうちに、王宮の一室を起点に起きる。舞台上で人は死なず、死はすべて報告として語られる。

フェードルの造形が最も論じられる。恋を打ち明けたことがすべての発端になるが、その告白は自分から進んでしたものではない。乳母に問い詰められ、死ぬつもりで口にする。以後の行動も、乳母に押される形で進む。自分で選んでいるようで選んでいない。

ラシーヌは序文で、この人物を「まったく有罪でもなく、まったく無罪でもない」と書いた。犯罪を憎む心を持ちながら、そこへ引きずられていく。

この描き方には、育った場所の思想との関係が指摘されてきた。人は自分の意志で悪を避けられない、という見方が、ジャンセニスムの立場と重なる。ただしラシーヌ自身はそう説明していない。

イポリットに恋人を与えた変更も繰り返し論じられる。エウリピデスのヒッポリュトスは女性に関心を持たない人物だが、ラシーヌはアリシーを加えた。これによってフェードルの側に嫉妬が生じ、真相を告げる機会が失われる。破局の直接の原因が、この追加された人物から来ている。

あらすじ

トロイゼンの王宮。

イポリットが従者に、この地を離れると告げる。父テセウスが半年前から行方不明で、その捜索に出るという。だが本当の理由は別にある。政敵の娘アリシーに恋しており、その気持ちから逃れたい。アリシーは王家に敵対した家の生き残りで、テセウスによって結婚を禁じられている。

フェードルが現れる。数日前から食を断ち、死のうとしている。乳母エノーヌが問い詰める。フェードルは打ち明ける。義理の息子イポリットを愛している。

そこへ、テセウスが死んだという報せが届く。

エノーヌは、夫が死んだのだから罪ではなくなった、王位継承のためにもイポリットと手を組め、と説く。フェードルはイポリットに会う。話は息子アステュアナクスの後見のことから始まるが、途中でフェードルは自分を抑えられなくなり、想いを口にする。イポリットは絶句する。フェードルはイポリットの剣を奪って自害しようとし、取り押さえられる。

そこへ、テセウスが生きて戻ったという報せが入る。

エノーヌは策を出す。イポリットが先に告発される前に、こちらから告発するしかない。イポリットのほうがフェードルに迫った、と。フェードルは止めない。

テセウスが戻る。エノーヌが訴える。証拠として、フェードルがイポリットから奪った剣が示される。

テセウスは息子を呼ぶ。イポリットは否定するが、真相を言えば継母を告発することになるため、口を濁す。代わりに、自分はアリシーを愛していると告げる。テセウスはこれを言い逃れと取る。

テセウスはイポリットを追放し、海神ネプチューンに、この息子を罰してくれと祈る。ネプチューンはかつてテセウスに三つの願いを叶えると約束していた。

フェードルはテセウスに真相を告げようとする。だがその直前、イポリットがアリシーを愛していると知る。嫉妬が起こり、フェードルは黙る。

イポリットが海辺の道を馬車で去るところへ、海から怪物が現れる。馬が暴れ、イポリットは手綱に絡まって引きずられ、死ぬ。

エノーヌは海に身を投げる。

フェードルは毒を飲んだうえでテセウスの前に出る。イポリットは無実だったと告げ、その場で息絶える。

テセウスはアリシーを娘として迎えると述べる。この一言で幕が下りる。

作者

登場する文学史