アタリー
- 原題
- Athalie
- 作者
- ジャン・ラシーヌ
- 成立
- 1691
- 国
- フランス
- 時代
- 17世紀
概要
1691年に刊行された五幕の韻文悲劇である。ラシーヌが最後に書いた作品にあたる。
題材は旧約聖書の列王記と歴代誌による。ユダの女王アタリーは、ダビデの家系の王族を皆殺しにして王位を奪い、異教の神バアルの崇拝を広めている。だが赤子だった王子ジョアスだけが助け出され、大祭司ジョアドのもとで素性を伏せられて育っていた。物語は、この王子が明かされ、女王が倒される一日を扱う。
形式に特異な点がある。フランスの古典悲劇は合唱を使わない。ラシーヌは古代ギリシアの悲劇にならい、少女たちの合唱隊を各幕のあいだに置いた。歌には作曲が付き、上演では歌われる。
この作品は劇場のために書かれていない。貴族の娘のための学校での上演を想定しており、実際、公の劇場で上演されたのはラシーヌの死後である。
ラシーヌは1677年のフェードルの後、劇作をやめた。宮廷の修史官となり、以後十二年間、劇を書いていない。信仰への回帰と、劇界の争いへの疲れが理由とされる。
再び書いたのは、国王ルイ十四世の寵姫マントノン夫人の依頼による。マントノン夫人は貧しい貴族の娘のための学校をサン=シールに創設しており、生徒が上演するための劇を求めた。ラシーヌはまずエステルを書き、次にこの作品を書いた。
だがエステルの上演が宮廷で評判になったことが問題視された。生徒が舞台に慣れ、注目を浴びることへの批判が出た。この作品は結局、衣装も舞台装置もなしに学院内で朗読に近い形で上演されただけだった。1691年に刊行されたが、公の劇場での上演は1716年、ラシーヌの死後十七年を経てからである。
ラシーヌは1699年に死去した。
刊行時の評価は高くない。評価が定まるのは18世紀に入ってからで、ヴォルテールはこの作品を人間の精神が生んだ最高の作品と評した。
文学史における評価と影響
合唱の導入が形式面の特徴にあたる。フランス古典悲劇は三一致の規則——時・場所・筋を一つにまとめる——に従い、合唱を持たない。ラシーヌはギリシア悲劇の形を持ち込み、音楽を伴う場を各幕のあいだに置いた。この構成は後の音楽劇との接点として論じられてきた。
内容の面では、ラシーヌの他の悲劇と違って神の摂理が働く。フェードルでもアンドロマックでも、人物は情念に押し流され、救いはない。ここでは隠された王子が守られ、簒奪者が倒される。
ただし勧善懲悪では終わらない。アタリーは最後に、この幼王もいずれ神に背くと予言し、歴史上その通りになる。勝利が一時的なものであることが、作品の内側で示される。
アタリーの造形も評価が高い。虐殺者であり簒奪者だが、夢に怯え、少年に惹きつけられ、最後まで屈しない。ラシーヌの他の主人公と同じく、自分で制御できない力に動かされている。
政治的な含みも指摘される。大祭司が幼い王に、王を裁く者が天にいると告げる場面は、絶対王政のもとでは際どい。この作品が長く公の劇場にかからなかったことに、政治的な警戒が働いていたという見方がある。
あらすじ
エルサレム、神殿。過越の祭りの日。
アタリーはユダの女王である。北王国イスラエルの王家から嫁ぎ、夫と息子の死後、ダビデ家の王族を皆殺しにして王位を奪った。以来六年、バアルの神殿を建て、エルサレムの神殿を圧迫している。
だが虐殺の夜、大祭司ジョアドとその妻ジョザベは、乳飲み子だった王子ジョアスを運び出して隠していた。ジョアスは「エリアサン」の名で、素性を知らされないまま神殿で育っている。いま九歳である。
その朝、アタリーは動揺している。夢を見た。死んだ母が現れて破滅を告げ、続いて祭司の服を着た一人の少年が現れて、自分を刺した。目覚めても、その少年の顔が離れない。
アタリーは神殿に赴く。そこで実際にその少年を見る。夢の中の顔と同じだった。アタリーは少年に話しかける。名は。親は。少年は素直に答える。名はエリアサン、孤児で、神殿で育てられている。
アタリーは少年を宮殿に引き取りたいと申し出る。ジョザベは拒む。
事態が急を告げる。アタリーは神殿の財宝を要求し、拒めば力ずくで奪うと告げる。実際の狙いはあの少年である。
ジョアドは決断する。レビ人——神殿に仕える一族——を集め、ジョアスの素性を明かす。ダビデ家の正統な王がここにいる。一同は忠誠を誓う。
ジョアドは神託を受け、神殿の崩壊と再建、そして遠い未来の幻を長い詩句で語る。
戴冠の儀が行われ、ジョアスに王冠が載せられる。
アタリーは武装した兵を率いて神殿に入る。財宝を要求したところで幕が開かれる。王冠を戴いたジョアスが立ち、周囲を武装したレビ人が固めている。アタリーは、あの少年が生き残った王子だったと悟る。
外では民衆が新王を迎えて歓呼している。アタリーの兵はすでに崩れている。
アタリーは神を呪う。そして最後に言う。この子もいずれ神に背き、ダビデの血を汚すだろう。歴史上、ジョアスは後にジョアドの子を殺すことになる。
アタリーは神殿の外に引き出され、殺される。ジョアドは幼い王に、王たちを裁く天の王がいることを忘れるなと告げる。