地獄の季節
- 原題
- Une saison en enfer
- 作者
- アルチュール・ランボー
- 成立
- 1873
- 国
- フランス
- 時代
- 19世紀
概要
1873年10月にブリュッセルで印刷された散文詩集である。全体で四十ページほどしかない。ランボーが自分の意志で刊行した唯一の本にあたる。このとき十八歳だった。
九つの断章からなり、散文が主で、韻文の詩が挟まる。内容は、それまでの自分の試みを振り返って断ち切る、という一点に向かっている。
ランボーは十六、七歳のころ、詩によって未知のものに達するという方法を掲げていた。感覚を意図的に狂わせ、そこで見えたものを書く。友人に宛てた手紙にこの考えが書かれており、そこで詩人を「見者(ヴォワイヤン)」と呼んでいる。この本では、その試みが失敗だったと語られる。
ランボーは1854年、北フランスのシャルルヴィルに生まれた。地方の中学で成績が抜群で、ラテン語詩のコンクールで賞を取っている。十五、六歳から詩を書き、パリへ出ようとして家出を繰り返した。
1871年9月、ヴェルレーヌに詩を送り、招かれてパリに出た。ヴェルレーヌは二十七歳で結婚しており、妻は臨月だった。二人はまもなく一緒に暮らし始め、翌年ヴェルレーヌは妻子を捨ててランボーとロンドンへ渡る。
1873年7月10日、ブリュッセルで、去ろうとするランボーにヴェルレーヌが拳銃を二発撃った。一発がランボーの左手首に当たった。ヴェルレーヌは逮捕され、禁錮二年の判決を受ける。
ランボーは実家のあるロッシュに戻り、そこでこの作品を書き上げた。着手はこの事件より前で、春には書き始めていたことが手紙から分かる。
刊行は自費だった。ブリュッセルの印刷所に五百部を注文したが、代金を払えず、ランボーは見本を数部受け取っただけで残りを引き取っていない。長いあいだ、ランボーが本を焼き捨てたという話が流布したが、1901年に印刷所の倉庫から未引き取りの在庫が発見され、これは事実でないと分かった。
ランボーは二十歳前後で詩を書くのをやめた。以後ヨーロッパ各地を転々とし、1880年からアフリカのハラルで武器とコーヒーの取引に従事する。1891年、右脚の腫瘍のため帰国して脚を切断し、まもなくマルセイユで死んだ。三十七歳だった。パリで自分の詩が読まれ始めていたことを、ランボーはほとんど知らなかった。
文学史における評価と影響
詩人が自分の方法を作品の中で説明し、そのうえで否定するという構成が、この作品の特異な点にあたる。「言葉の錬金術」では、以前の自作を引用したうえで、それを狂気と呼ぶ。作品が自分自身への批評になっている。
「見者」の考え方は、その後の詩に長く影響した。日常の知覚を壊し、その向こうに見えるものを書く。20世紀のシュルレアリスムはランボーを先駆者として掲げ、無意識に近づく方法を探した。
同時に、この作品をどう読むかは定まっていない。詩との訣別の書として読む見方が古くからある。一方、イリュミナシオンの一部がこれより後に書かれたとする説が有力になってからは、ここで詩をやめたわけではないという読み方も出ている。散文詩集の執筆時期は現在も確定していない。
ランボーの伝記が作品の読まれ方を左右してきたことも指摘される。二十歳で詩を捨ててアフリカに去った天才、という像が先に立ち、テクストがその証拠として読まれる。この読み方から離れるべきだという主張が、20世紀後半から繰り返し出されている。
小林秀雄の訳とランボー論が、日本の近代批評に影響を与えた。
内容
冒頭に、題のない短い断章が置かれる。かつて自分の生は宴だった、と始まる。そこから転落した経緯が示され、地獄の手帖から数枚を破って写す、という形で以下が続く。
「悪い血」では、自分の出自をたどる。祖先はガリア人だと言い、労働も宗教も自分には合わないと述べる。ヨーロッパを離れて別の土地へ行くという考えが出てくるが、そのたびに引き戻される。
「地獄の夜」では、毒を飲んだ状態が書かれる。幻覚、火、悲鳴。キリスト教の地獄の観念が繰り返し現れ、そこから抜けられないことが述べられる。
「錯乱」が二つ置かれる。
「錯乱Ⅰ——狂気の処女・地獄の夫」は、ある女の告白という形をとる。「地獄の夫」と呼ばれる相手に引きずられ、慣れ親しんだ生活を失った、と語る。この二人がヴェルレーヌとランボーを指すことは、後の読者にはほぼ疑われていない。書かれているのは依存と支配で、語り手の女は相手を非難しながら離れられない。
「錯乱Ⅱ——言葉の錬金術」が中心にあたる。ランボーは自分の方法を自分で説明する。母音に色を割り当て、詩の形式を無視し、幻覚を書きつけた。ここに以前の自作の詩が引用される。そして、それを「狂気の一つ」と呼び、いまは終わったと述べる。
続く断章で、詩人は自分が求めていた救済も知恵も手に入らなかったと認める。宗教にも戻らない。
末尾の「別れ」で切り替わる。秋である、と始まり、幻想を捨てると宣言する。最後の数行で、真理を一つの魂と一つの肉体のうちに所有することが許される、と述べ、農夫のように大地を耕す言葉で終わる。