サミュエル・テイラー・コールリッジ

原綴
Samuel Taylor Coleridge
生没
1772–1834
出身
デヴォン州オタリー・セント・メアリー
イギリス
時代
ロマン主義

生涯

1772年、イングランド南西部デヴォン州の牧師の家に生まれた。早くから才気を発揮したが、生活は定まらなかった。ケンブリッジ大学を中退し、理想の共同体を作る計画を立てては挫折した。

二十代半ば、詩人ワーズワースと親交を結んだ。二人は近くに住み、たがいに刺激し合いながら詩を書いた。その成果が、1798年に匿名で出した共著の詩集『抒情民謡集』である。この一冊が、イギリス・ロマン主義の出発点となった。

体が弱く、病の痛みをやわらげるためにアヘンを常用し、生涯その依存に苦しんだ。詩作は早くに衰えたが、後半生は批評家・思想家として活動した。文学や哲学についての講演や著述を行い、深い影響を残した。1834年に没した。

作風

コーレリッジの詩の特質は、幻想的で、超自然的なものへの傾倒にある。ワーズワースが日常のありふれた光景に詩を見出したのに対し、コーレリッジは、夢や超自然、遠い異国といった、現実を超えた世界を描くことを受け持った。二人の詩人は、役割を分け合っていた。

代表作『老水夫の歌』は、その幻想の世界をよく示す。一羽の海鳥を殺した水夫が、呪いを受け、幽霊船や亡霊がさまよう、悪夢のような航海をさまよう。罪と罰、そして贖いをめぐるこの物語が、鮮烈なイメージと音楽的な調子でうたわれる。

批評家としては、想像力の理論を築いた。単なる空想と、真の創造の力である「想像力」とを区別し、後者こそが、断片を統一し、生命ある芸術を生み出す力だと説いた。この想像力をめぐる思索は、後の文学論に大きな影響を与えた。

作品

抒情民謡集(1798年)

ワーズワースとの共著による詩集である。日常の言葉で詩を書くという新しい試みによって、イギリス・ロマン主義の始まりを告げた。コーレリッジは、この詩集の巻頭に、幻想的な物語詩『老水夫の歌』を寄せた。

『クブラ・カーン(Kubla Khan)』

アヘンによる夢のなかで見た幻の宮殿を描いたとされる、断片的な詩である。異国的で神秘的なイメージに満ち、コーレリッジの幻想的な詩才を示す名品にあたる。

批評では『文学的自伝(Biographia Literaria)』が、想像力の理論を展開した重要な著作である。

文学史における立ち位置と影響

コーレリッジは、ワーズワースとともにイギリス・ロマン主義を創始した詩人として文学史に名を残す。共著『抒情民謡集』は、格式ばった十八世紀の詩から、日常の言葉と感情を重んじる新しい詩への転換を告げた。イギリス詩の歴史における画期である。

詩人としてだけでなく、批評家・思想家としての影響も大きい。とりわけ想像力をめぐるその理論は、詩とは何か、創造とは何かという問いに、深い枠組みを与えた。後の文学批評は、コーレリッジの思索を一つの出発点とした。

幻想と超自然を描く詩の系譜、そして想像力を重んじる批評の系譜。その両面で、コーレリッジは、後世に長く受け継がれる遺産を残した。ロマン主義を代表する詩人の一人とされている。

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