様々なる意匠
- 作者
- 小林秀雄
- 成立
- 1929
- 国
- 日本
- 時代
- 近代
概要
既成の批評のあらゆる流派を「意匠」と切り捨て、新しい批評のあり方を示した評論である。
小林秀雄はこの評論で文壇の懸賞論文に入選し、批評家として登場した。当時、批評の世界にはマルクス主義、印象主義、新感覚派などさまざまな主義・立場が入り乱れていた。
小林はそれらの立場をすべて「様々なる意匠」——つまり取り替えのきくうわべの「デザイン(意匠)」にすぎないと切り捨てる。マルクス主義も芸術至上主義も、結局はあらかじめ用意された枠組みで作品を裁いているだけだ。 どの主義も作品そのものに真正面から向き合ってはいない。
では真の批評とは何か。小林は言う。批評とは他人の作品を材料にして、自分自身を語ることである。既成の理論を当てはめるのではなく、作品と一対一で向き合い、そこで自分の魂が動かされたその体験そのものを言葉にする。 それが批評だと。
「批評とは竟(つい)に己(おのれ)の夢を懐疑的に語る事ではないのか!」——この一句が小林の批評観を凝縮している。
主義やイデオロギーに寄りかからず、批評を一個の独立した表現・思想の営みとして確立した記念碑的な評論にあたる。
文学史における評価と影響
近代日本の文芸批評の出発点とされる評論であり、小林秀雄を「批評の神様」と呼ばれる存在へと押し上げたデビュー作にあたる。
この評論の衝撃は、既成のあらゆる批評の立場を相対化したことにある。当時、批評はマルクス主義や印象主義といった特定の「主義」に立って行われるのが常だった。小林はそれらをすべて取り替え可能な「意匠(デザイン)」にすぎないと断じ、どの主義にも寄りかからない批評の独立を宣言した。
小林が示した批評観の核心は、「批評とは自己を語ることだ」という考えである。批評とは既成の理論で作品を裁く作業ではない。作品と生身で向き合い、そこで動かされた自分自身の魂を言葉にすること。 小林は批評を、創作に劣らぬ一個の独立した表現の営みへと高めた。
文体の魅力もこの評論を際立たせた。小林の批評は論理を積み上げる硬い文章ではなく、逆説と警句に富んだ詩的で切れ味の鋭い文体で書かれる。この独特の文体が、以後の批評のスタイルに大きな影響を与えた。
この評論以降、日本の文芸批評は、主義の代弁から、批評家個人の思想と感受性の表現へと大きく方向を変えた。 小林はその転換の中心にいた。日本近代批評の歴史はこの評論から始まる、としばしば言われる。
内容
評論『様々なる意匠』は小林秀雄が、雑誌『改造』の懸賞評論に応募して二席に入選した作品である。この一篇によって小林は、批評家としての第一歩を踏み出した。
当時、日本の批評の世界はさまざまな「主義」でにぎわっていた。プロレタリア文学のマルクス主義批評、芸術の自律を説く芸術派、印象を重んじる印象主義、新感覚派の実験。 それぞれが自分の立場こそ正しいと論を戦わせていた。
小林はこれらの立場を、まとめて「様々なる意匠」と呼ぶ。「意匠」とはデザイン、装い、外見の型のことである。小林に言わせれば、これらの主義はいずれも、あらかじめ用意された枠組み——一つの「意匠」——にすぎない。マルクス主義者は作品を階級闘争の図式で裁く。芸術至上主義者は芸術性の物差しで測る。だがどの主義も既成の枠を作品に当てはめているだけで、作品そのものに真正面から向き合ってはいない。
小林はこれらの意匠を鮮やかに相対化し、次々に批判していく。どの主義もそれぞれに一面の真理を含むが、しょせんは取り替えのきく「装い」にすぎないと。
では、意匠に頼らない真の批評とは何か。
小林は独自の批評観を示す。批評とは既成の理論を当てはめる作業ではない。それは他人の作品を材料にしながら、実は自分自身を語る営みである。
作品と生身で、一対一で向き合う。理論のフィルターを通さず、その作品が自分の魂をどう動かしたか。その内なる体験そのものを言葉にする。 それが批評だと小林は言う。
「批評とは竟に己の夢を懐疑的に語る事ではないのか!」——この有名な一句に、小林の批評観は凝縮されている。批評家は作品を裁く裁判官ではなく、作品に触れて動かされた自分自身の魂の軌跡を、疑いながら語る者なのである。
主義やイデオロギーに寄りかかることを拒み、批評を、批評家個人の思想と感受性による一個の独立した表現へと高めたこの評論は、日本の近代批評の記念すべき出発点となった。