ドストエフスキイの生活
- 作者
- 小林秀雄
- 成立
- 1939
- 国
- 日本
- 時代
- 近代
概要
ロシアの文豪ドストエフスキーの生涯を、その手紙をもとにたどった評伝である。
小林秀雄は、様々なる意匠で近代批評を切り開いた批評家である。その小林が、生涯にわたって深く傾倒したのが、ロシアの作家ドストエフスキーだった。 この『ドストエフスキイの生活』は、その作家の生涯を論じた評伝にあたる。
小林は、ドストエフスキーの作品そのものより先に、まずその「生活」——生身の人間としての生涯を、明らかにしようとする。 貧困、賭博への耽溺、借金、てんかんの発作、そしてシベリア流刑。ドストエフスキーの生涯は、苦難と混乱に満ちていた。
小林が主な手がかりとするのが、ドストエフスキーが残した膨大な手紙である。金の無心、創作の苦悩、人間関係のもつれ。手紙に赤裸々に現れる、みじめで、弱く、しかし激しい一人の人間の姿を、小林はたどっていく。
冒頭に置かれた「歴史について」という序文も名高い。小林はそこで、伝記を書くとはどういうことか、他人の生涯を理解するとは何かを、深く考察する。偉大な作品の背後にいた、生身の人間を見つめようとする、小林の批評の姿勢が、ここに示されている。
文学史における評価と影響
日本のドストエフスキー研究の古典であり、小林秀雄の批評の重要な達成とされる。
小林にとって、ドストエフスキーは、生涯の課題だった。小林は、この評伝に続いて、『罪と罰』『白痴』『カラマーゾフの兄弟』といった作品を、次々に論じていく。 その大きな仕事の出発点が、この評伝にあたる。
この作品の独自性は、作品論の前に、まず「生活」を置いた点にある。小林は、いきなり作品の解釈に入るのではない。まず、ドストエフスキーという生身の人間のみじめで混乱した生涯を、徹底してたどる。 偉大な作品を、天才の産物としてではなく、苦悩する一人の人間の生から生まれたものとして、捉えようとする。
手紙という資料の重視が、その方法を支えている。作品の華やかさの裏で、ドストエフスキーが手紙に書きつけた、金の無心や弱音や愚痴。そこに現れる等身大の人間の姿を、小林は見つめる。 この方法は、後の史伝的な批評にも通じている。
序文「歴史について」で示された、他人の生涯をどう理解するかという問いも重要である。この思索は、後年の本居宣長にまで通じる、小林の一貫した関心だった。ドストエフスキーへの傾倒を通じて、小林は、人間を理解するとは何かを問い続けた。
内容
『ドストエフスキイの生活』は小林秀雄が著した、ロシアの作家ドストエフスキーの評伝である。
小林は、この評伝を、有名な序文「歴史について」から始める。そこで小林は、伝記を書くこと、他人の生涯を理解することの根本的な難しさを考察する。過去の人間の生を、我々はどこまで知りうるのか。資料の断片から、一人の人間の全体を、どうやって捉えるのか。この思索が、評伝全体の土台となる。
続いて小林は、ドストエフスキーの生涯を、その誕生からたどっていく。
ドストエフスキーの生涯は、苦難と混乱の連続だった。医師の子として生まれ、若くして文壇に登場するが、やがて社会主義的なサークルに関わり、逮捕される。死刑を宣告され、銃殺の直前で恩赦になり、シベリアへ流刑となる。数年に及ぶ過酷な監獄と兵役の生活。
流刑から戻った後も、苦難は続く。持病のてんかんの発作。賭博への抑えがたい耽溺。 賭博で作った借金に、生涯苦しめられる。愛する者たちの死。金のために、締め切りに追われて書き続ける日々。
小林が、こうしたドストエフスキーの生涯をたどる際に、主な手がかりとするのが、作家が残した膨大な手紙である。
手紙のなかのドストエフスキーは、けっして偉大な文豪の姿ではない。金を無心し、弱音を吐き、愚痴をこぼし、人間関係にもがく、みじめで弱い一人の男である。借金の言い訳、原稿料の交渉、賭博での大損の告白。小林は、その赤裸々な手紙から、生身の人間としてのドストエフスキーの姿を、浮かび上がらせる。
小林は、この評伝で、作品の詳しい解釈には、あえて深く立ち入らない。まず、その混乱した生活の全体を、明らかにすることに集中する。 偉大な作品は、このみじめで激しい生から生まれた——小林は、そう捉えようとする。
一人の作家の生涯を、その手紙を通して、生身の人間として見つめる。この評伝は、小林の生涯にわたるドストエフスキー研究の出発点であり、また、日本におけるその作家理解の礎となった。