紫式部日記
- 作者
- 紫式部
- 成立
- 1010頃
- 国
- 日本
- 時代
- 中古
概要
『源氏物語』の作者・紫式部が、宮仕えの日々を綴った日記である。
紫式部は、一条天皇の中宮彰子に、女房(貴人に仕える侍女)として仕えた。この日記は、その宮仕えのなかで見聞きしたことや、みずからの心境を記したものにあたる。
日記の中心をなすのが、中宮彰子の出産の記録である。藤原道長の娘である彰子が、待望の皇子(後の後一条天皇)を産む。その一大慶事をめぐる、宮廷の緊張と華やぎが、こまやかに描かれる。 祈祷の声が響き、産室が白一色に整えられ、道長が孫の誕生に歓喜する様子。当時の宮廷の最上層の生活が、内側から生き生きと伝わってくる。
一方で、この日記には、紫式部の鋭い人物批評も記されている。とりわけ名高いのが、他の女房たちへの評である。和泉式部は歌の才はあるが素行に難がある、赤染衛門は堅実な歌人だ、そして清少納言は「したり顔にいみじうはべりける人」——得意顔で、利口ぶった鼻持ちならない人だ、と手厳しい。
華やかな宮廷の記録と、そこに生きる紫式部自身の孤独で内省的な心。『源氏物語』の作者の生身の姿を伝える貴重な記録にあたる。
文学史における評価と影響
紫式部の実像を伝える、ほぼ唯一の資料であり、平安女流日記文学の代表作の一つとされる。
この日記の第一の価値は、謎に包まれた紫式部という人物を、直接に知る手がかりとなる点にある。源氏物語という大作を残しながら、その作者の生涯はほとんど分からない。この日記は、宮仕えする紫式部の日常と、その内面を伝える、貴重な証言である。
宮廷生活の記録としても第一級である。中宮彰子の出産をめぐる場面は、当時の宮廷の儀礼、貴族社会の力関係、そして藤原道長の栄華を、内側から描き出す。平安時代の宮廷文化を知るうえで、欠かせない史料にあたる。
清少納言への批評は、とりわけ有名である。『枕草子』の作者・清少納言への手厳しい評は、対照的な二人の才女の関係をめぐって、後世さまざまに論じられてきた。才気を誇る清少納言と、内省的で控えめな紫式部という、二人の女性作家の資質の違いがうかがえる。
華やかな宮廷の栄華の記録でありながら、その底には、紫式部自身の孤独と憂愁が流れている。宮仕えになじめず、物思いに沈む式部の心情は、源氏物語の陰翳に満ちた世界と、深く通じ合っている。
内容
『紫式部日記』は紫式部が、宮仕えの日々を綴った日記である。紫式部は、時の権力者・藤原道長の娘で、一条天皇の中宮となった彰子に、女房として仕えていた。
日記の中心をなすのが、中宮彰子の皇子出産の記録である。
道長は、娘の彰子が天皇の子を産むことに、一門の将来を賭けていた。待ちに待った出産の日が近づき、宮廷は緊張と期待に包まれる。 安産を祈る僧たちの祈祷の声が、昼夜を分かたず響きわたる。産室は、けがれを避けるため、几帳も女房の装束も、すべて白一色に整えられる。
そして彰子は無事に皇子を産む。後の後一条天皇である。祖父となった道長の喜びようは、はた目にも大げさなほどだった。 生まれた孫を抱き上げ、しきりに世話を焼く道長の姿を、紫式部は少し醒めた目で見つめている。
出産をめぐる華やかな儀式や祝宴が、次々に描かれる。当時の宮廷の最も華やかで、最も権勢に満ちた場面が、内側から記録されている。
一方で、日記には、紫式部自身の内面も、深く綴られている。紫式部は、この華やかな宮仕えの生活に、必ずしもなじめていない。 派手な同僚たちの中で、控えめに、物思いに沈みがちな自分を、式部は静かに見つめる。
そして日記の後半には、他の女房たちへの率直な人物批評が記される。
歌人の和泉式部については、歌の才は認めつつ、身持ちの悪さを指摘する。赤染衛門は、堅実ですぐれた歌人だと評価する。そして『枕草子』の作者清少納言には、最も辛辣である。「清少納言こそ、したり顔にいみじうはべりける人」——得意顔で、利口ぶって、漢字を書き散らすような、鼻持ちならない人だ、と。そういう人の行く末は、ろくなものではない、とまで書く。
華やかな宮廷の栄華の記録と、そこに身を置きながらも孤独を抱える、一人の女性の内省。『源氏物語』という不朽の物語を生んだ紫式部の生身の姿が、この日記に刻まれている。