個人的な体験

作者
大江健三郎
成立
1964
日本
時代
現代

概要

障害のある子が生まれた父親が、その子から逃げようとし、最後に引き受けるまでの話である。

主人公鳥(バード)は二十七歳の予備校講師。妻が、脳に異常を持つ子を産む。 頭に瘤があり、このままでは死ぬか、助かっても重い障害が残る、と医者は告げる。

鳥は逃げようとする。アフリカへ旅立つ夢を持ち続けていた鳥にとって、この子は人生を縛る重荷に見える。子が死ぬことを、心のどこかで望んでしまう。

鳥は、かつての恋人火見子のもとへ逃げ込む。酒に溺れ、性に溺れ、子を病院に置いたまま、現実から目をそらす。

やがて鳥は、子を衰弱させて死なせるという選択に傾く。医者と相談し、ミルクの代わりに砂糖水を与えて弱らせる方向へ進む。そして最後、堕胎医のもとへ子を運ぼうとする。

その途中で、鳥は引き返す。

火見子との生活も、アフリカの夢も捨てて、子を病院に戻し、手術を受けさせる決心をする。 逃げることをやめ、この子とともに生きることを選ぶ。

大江自身、この作品の前年に、障害を持つ長男・光をもうけている。この小説は、その体験を直接の背景にしている。

文学史における評価と影響

大江の中期の代表作であり、その後の作家人生を決めた作品にあたる。

主題は、逃げることと引き受けることの選択である。鳥は、障害のある子を前に、人間の弱さをすべてさらけ出す。逃避、自己欺瞞、子への殺意に近い願望。大江はそれを美化せず、醜いまま書く。そのうえで、鳥が最後に逃げるのをやめる。

結末をめぐる論争が、この作品にはある。鳥は最後に子を引き受ける。この「救い」が、それまでの絶望に対して安易ではないか、という批判が、当初から出された。作家の三島由紀夫らがこの点を突いた。苦しみを書き切った後の和解は、都合がよすぎないか。 大江自身、後にこの結末を意識し続けた。

私的な体験を普遍化する方法が、大江の一貫した課題だった。題の「個人的な体験」は、それ自体が問いである。極めて個人的な出来事を、どうすれば他者に届く文学にできるのか。 大江はこの後、障害を持つ息子を主題にした作品を書き続ける。

大江の文体は、翻訳調とも言われる、ねじれた長い文で書かれる。日本語の自然な流れをあえて壊し、思考の屈折を写す。 この文体そのものが、鳥の混乱を伝えている。

大江は1994年にノーベル文学賞を受ける。受賞講演でも、障害を持つ息子との関係が中心に語られた。 この作品は、その原点にあたる。

あらすじ

鳥(バード)は二十七歳。予備校で英語を教えているが、学問の道を挫折し、アフリカへの旅を夢見て日々をやり過ごしている。妻は出産を控えている。

書店でアフリカの地図を眺めていた鳥に、病院から知らせが入る。子が生まれた。だが異常がある。

医者は告げる。赤ん坊の頭に瘤がある。脳ヘルニアの疑いがあり、このままでは死ぬ。手術しても、助かるかどうか、助かっても重い障害が残るかどうか分からない。

鳥は打ちのめされる。この子は、自分の人生を根こそぎ変えてしまう。 アフリカの夢も、自由も、すべてが消える。

鳥は、子を直視できない。病院に置いたまま、かつての恋人火見子のもとへ逃げる。 火見子は自由な女で、鳥を受け入れる。二人は酒を飲み、体を重ね、鳥は現実から逃避する。

鳥の心には、子が死ねばいい、という願いが芽生えている。自分でもそれを恐ろしいと思いながら、抑えられない。

鳥は医者と相談し、積極的な治療をせず、子を弱らせる方向を選ぶ。ミルクの代わりに砂糖水を与えれば、赤ん坊は次第に衰弱して死ぬ。それを「自然に任せる」と言い換えて、鳥は自分をごまかす。

だが赤ん坊は、なかなか死なない。弱りながらも、生きようとする。

火見子は、確実に子を始末する方法として、闇の堕胎医を紹介する。鳥は、子を病院から引き取り、その堕胎医のもとへ運ぼうとする。

車で運ぶ途中、鳥は自分がしていることに直面する。自分は、逃げるために子を殺そうとしている。アフリカも、火見子も、すべては逃避だった。

鳥は車を引き返す。

子を病院に戻し、手術を受けさせる決心をする。火見子と別れ、アフリカの夢も手放す。逃げることをやめる。

手術は成功する。子は障害を残しながらも生きる。鳥は、この子とともに生きていくことを引き受ける。

最後、鳥は妻の父から辞書を贈られる。アフリカへ行くためではなく、これからの現実を生きるために。 鳥は自分の顔を鏡で見て、逃げていた頃とは違う表情を見出す。

作者

登場する文学史