死者の奢り
- 作者
- 大江健三郎
- 成立
- 1957
- 国
- 日本
- 時代
- 現代
概要
大学の解剖用死体を処理するアルバイトを通して、生と死を見つめる話である。大江の実質的なデビュー作にあたる。
主人公は、一人の大学生。冬の日、彼は、大学の医学部で、アルコールの水槽に浮かぶ大量の解剖用死体を、別の水槽へ移し替えるアルバイトを引き受ける。 一緒に働くのは、妊娠した女子学生である。
死体は、褐色に変色し、アルコール液に浸かって、ゆらゆらと浮かんでいる。かつて生きていた人間が、今は「物」として、水槽の中で漂っている。 「私」は、その死体を運びながら、生と死について、とりとめもなく考え続ける。
死者たちは、もはや何者でもない。社会からも、意味からも切り離された、純粋な「物」である。「私」は、その死者の群れのなかに、自分自身の生の不確かさを見る。自分もまた、いずれこうなる。生きていることに、確かな意味はあるのか。
やがて、皮肉な結末が訪れる。あれほど苦労して移し替えた死体が、実は、手違いで、すべて焼却処分にされることになっていた、と判明する。 「私」たちの労働は、まったく無意味だったのである。
生と死、そして労働の無意味さが、暗く沈鬱な筆致で描かれる。戦後の若者の出口のない虚無感が、この作品には満ちている。
文学史における評価と影響
大江健三郎の出発点であり、戦後文学の新しい才能の登場を告げた作品にあたる。芥川賞の候補になり、大江の名を一躍知らしめた。
主題は、生と死のあいだの意味の空白である。水槽に浮かぶ死体は、意味を剝ぎ取られた純粋な物質である。その死者たちを前に、「私」は、生きていることの意味もまた、確かではないと感じる。 実存主義的な虚無が、若い主人公の意識を覆う。
サルトルの影響が濃い。大江は、フランス文学と実存主義を学び、サルトル的な「吐き気」——物の即物的な存在に直面したときの根源的な不安を、日本の戦後の状況のなかで描いた。死体という「物」の描写が、その哲学的な主題を、生々しく担っている。
労働の無意味さという結末が、この虚無を決定づける。苦労して運んだ死体が、はじめから焼却される予定だった。あらゆる努力が空回りするという感覚は、戦後を生きる若者の閉塞感を象徴している。
大江の濃密で緊張した文体は、この初期作ですでに確立されている。長く、屈折した文章で、意識の動きを執拗に追う独特の文体が、以後の大江文学の骨格となった。
この作品で注目された大江は、翌年『飼育』で芥川賞を受賞し、戦後文学を代表する作家への道を歩み始める。後の個人的な体験や万延元年のフットボールへ続く、生と死への問いの原点が、ここにある。
あらすじ
冬のある寒い日。「私」は、一人の大学生である。学費と生活費のために、割のいいアルバイトを探していた。
「私」が見つけたのは、大学の医学部で、解剖用の死体を処理する仕事だった。古い水槽に保管されていた大量の死体を、新しい水槽へ移し替える、という作業である。
作業場に入ると、大きな水槽に、褐色に変色した無数の死体が、アルコール液に浸かって、ゆらゆらと浮かんでいた。 かつて生きていた人間たちが、今は「物」として、静かに漂っている。異様で、陰惨な光景である。
「私」と一緒に働くのは、妊娠している女子学生だった。彼女は、堕胎の費用を稼ぐために、この仕事に来ているらしい。新しい生命を宿した女と、死者たち。 その対比のなかで、作業が進む。
「私」は、死体を一つ、また一つと、液から引き上げ、運び、新しい水槽へと沈めていく。冷たく、重く、ぬめる死者の体。 その感触に触れながら、「私」は、生と死について、とりとめもなく考え込む。
死者たちは、もはや何者でもない。名前も、身分も、生きていた意味も、すべて失われている。ただの「物」として、そこにある。「私」は、その死者の群れを見ながら、自分自身の生も、この死者たちと、本質的には変わらないのではないかと感じる。生きていることに、確かな意味などあるのか。
作業は、長く、陰鬱に続く。「私」の意識は、死者たちのあいだを漂い、生の不確かさへと沈んでいく。
そして、すべての死体を移し終えた頃、衝撃的な事実が知らされる。
管理の手違いで、この移し替えた死体は、実は、すべて焼却処分にされることが、はじめから決まっていたというのである。「私」たちが、一日かけて、苦心して運んだ労働は——まったくの無駄だったのである。
死者を相手にした重労働は、何の意味も生まなかった。その徹底した無意味さの前で、「私」は、深い虚無に突き落とされる。
生と死、そして、空回りする労働。戦後を生きる若者の出口のない虚無感を残して、物語は暗く閉じられる。