五重塔

作者
幸田露伴
成立
1891-1892
日本
時代
近代

概要

大工が二人出てきて、一つの塔を誰が建てるかで争う話である。中篇で、文庫本にして百ページに満たない。

書かれているのは腕くらべではない。腕はどちらも確かで、争点は仕事を譲れるかどうかにある。片方は人望のある親方で、弟子も金も抱えている。もう片方は腕はあるが人づきあいができず、仕事を回してもらう側にいる。その男が、恩人の仕事を横から願い出る。

文章は文語の擬古文で、漢語と和文が混ざり、七五調の調子を持つ。同じ頃の二葉亭四迷浮雲がすでに話し言葉に近い文体を試していたことを考えると、この作品は言文一致の流れの外にある。それでも読み継がれてきたのは、一つの仕事に取り憑かれた人間という主題が、後の日本文学でくり返し扱われるものだったためである。

文学史における評価と影響

連載時から評判を取り、幸田露伴の代表作として定着した。明治20年代、尾崎紅葉と露伴が並び立った紅露時代を代表する一篇であり、尾崎紅葉らが同時代の風俗を写したのに対し、こちらは人物の気概を前に出している。

後代の議論は十兵衛の身勝手さに集まってきた。仕事を回してくれた恩人から仕事を奪い、家族を顧みず、頭を下げることもしない。それでも作品は十兵衛を否定しない。芸術や技芸に打ち込む人間が、周囲に何をしてよいのかという問いとして読まれ、日本の芸術家小説の原型に位置づけられている。

読解の障害になっているのは文体である。文語で書かれ、句読点も現代の作品より少ない。現在は注釈つきの文庫や現代語訳で読まれることが多く、内容の評価が高いまま、原文で通読する読者が減り続けている作品でもある。

作品の舞台となった谷中の五重塔には、後日談がある。この塔は、1957年に男女の放火心中によって焼失した。嵐にも崩れなかった塔が人の手で失われたことは、作品の結末と重ねて語られることがある。

あらすじ

舞台は明治の東京。谷中の感応寺が五重塔を建てることになる。

寺と縁が深いのは、川越の源太という腕のいい親方である。人望があり、弟子を多く抱え、この仕事も当然そこへ来るものと誰もが思っていた。源太は日ごろから、腕はあるのに世渡りが下手な大工の十兵衛に目をかけ、仕事を回してやっていた。十兵衛は無口で動きが鈍く、周囲から「のっそり」と呼ばれている。

その十兵衛が、塔は自分ひとりに建てさせてほしいと寺へ願い出る。恩義は分かっているが、この仕事だけは譲れないという。源太は驚き、二人で組んで建てようと持ちかけるが、十兵衛は断る。仕事を分ければ塔が二人のものになるからである。

寺の朗円上人は双方を呼び、判断を二人に委ねる。源太は最後に身を引き、十兵衛が棟梁となった。納得しなかったのが源太の弟子の清吉で、十兵衛を襲って耳を削ぎ落とす。十兵衛は誰にも言わず、そのまま仕事を続けた。

塔は完成する。ところが落成の式を前に、東京を大暴風雨が襲った。十兵衛は道具箱を持って塔へ登り、もし崩れるならここで死ぬつもりで一夜を過ごす。夜が明けると、塔は傷ひとつ受けていなかった。

上人は塔に銘を書き、この塔は源太が企て、十兵衛が成したものである、という趣旨を刻ませる。争った二人の名が、一つの塔に並んで残る。

作者

登場する文学史