濹東綺譚
- 作者
- 永井荷風
- 成立
- 1937
- 国
- 日本
- 時代
- 近代
概要
私娼街に通う老作家と、一人の娼婦との、淡く静かな交わりを描いた作品である。
主人公大江匡は、老いた小説家である。新しい小説の題材を求めて、東京の場末の私娼街・玉の井を、そぞろ歩く。ある雨の日、大江は、驟雨を避けようとした娼婦お雪に、傘に入れてくれと頼まれる。それが、二人の交わりの始まりだった。
以来、大江は、たびたびお雪のもとを訪ねるようになる。お雪は、大江を、堅気の勤め人だと思い込み、いつか身請けしてくれるのではないかと、淡い期待を寄せる。 大江は、その純朴なお雪に、心を惹かれながらも、深入りはしない。
物語には、大きな事件が起きない。路地裏の風景、どぶ川の匂い、蚊帳のなかの睦言。 滅びゆく東京の場末の情緒が、老作家の目を通して、こまやかに描かれる。
この作品には、二重の構造がある。大江が書いている小説と、大江自身の物語とが、入れ子のように重ねられる。荷風は、作中に自分の分身である老作家を置き、創作についての思索を織り交ぜた。
やがて秋が深まり、大江は、お雪のもとから、そっと足を遠ざける。深入りする前に、この淡い交わりを終わらせる。滅びゆくものへの愛惜と、老いの諦念が、静かに漂う。
文学史における評価と影響
永井荷風の晩年を代表する作品であり、その芸術の一つの頂点とされる。
主題は、滅びゆく江戸情緒への愛惜である。荷風は、西洋化し、近代化していく東京を嫌い、その裏町に残る、江戸以来の情緒を愛した。私娼街・玉の井の、猥雑でありながらどこか懐かしい風情を、荷風は、消えゆくものへの惜別の情をこめて描いた。
荷風の反時代性が、この作品を貫いている。書かれたのは1937年、日中戦争が始まり、軍国主義が強まる時代である。荷風は、そうした時代の風潮に背を向け、あえて場末の色街に沈潜した。 時流に迎合しない、孤高の姿勢がここにある。
入れ子の構造が、この作品を、単なる情話から引き離している。作中作と、作者の分身をめぐる思索が織り込まれ、「小説を書くとはどういうことか」という自己言及が、物語に知的な奥行きを与えている。
格調高く、彫琢された文体が、荷風の真骨頂である。漢文の素養に裏打ちされた、簡潔で香り高い文章が、滅びゆく風景に、古典的な品位を与えている。
荷風は、日常を淡々と記した日記断腸亭日乗でも知られるが、その美意識の結晶が、この小説にある。近代化に抗い、失われゆく美を惜しんだ荷風文学の、到達点として読み継がれている。
あらすじ
老小説家・大江匡は、新しい作品の構想を練っている。その小説の舞台を探して、大江は、東京の場末の私娼街・玉の井のあたりを、あてもなく歩き回る。
玉の井は、迷路のような路地に、私娼の家々が軒を連ねる、猥雑な一角である。どぶ川が流れ、狭い路地に、女たちが客を待っている。大江は、この場末の風情に、失われゆく江戸以来の情緒を感じ取り、心を寄せる。
ある夏の夕方、にわか雨が降り出す。
一人の若い娼婦が、雨に濡れながら、大江の傘の下へ飛び込んでくる。「檀那、そこまで入れてってよ」——女は、そう言って、大江を自分の家へと導く。この女が、お雪だった。
お雪は、素朴で、気立てのよい娼婦である。大江は、そのお雪に、ほのかな心の安らぎを覚え、以来、たびたび彼女のもとを訪ねるようになる。
夏の盛り、蚊帳を吊った小さな部屋で、二人は、しめやかな時を過ごす。お雪は、大江のことを、堅気の、少し裕福な中年男だと思い込んでいる。そして、いつか、この人が自分を身請けして、この境遇から救い出してくれるのではないかと、淡い夢を抱くようになる。
大江は、そんなお雪の純朴さを、いとおしく思う。だが、老作家である大江は、この淡い交わりに、深入りしようとはしない。 相手の夢に応えることも、自分の素性を明かすことも、しない。
物語の合間には、大江が書いている小説の断片や、創作をめぐる大江の思索、そして荷風自身を思わせる文明批評が、織り込まれる。現実の物語と、作中の小説とが、静かに響き合う。
やがて、暑い夏が過ぎ、秋が訪れる。
季節の移ろいとともに、大江の心にも、変化が兆す。この淡い交わりを、深みにはまる前に、静かに終わらせよう。
大江は、お雪に、はっきりと別れを告げるでもなく、ただ、そっと、彼女のもとへ通うのをやめる。
お雪の、身請けへの淡い夢は、叶えられることなく、消えていく。滅びゆく場末の情緒と、老いの諦念、そして、報われぬまま終わる娼婦の夢。 それらが、しめやかな余韻を残して、物語は閉じられる。