ふらんす物語

作者
永井荷風
成立
1909
日本
時代
近代

概要

荷風が念願のフランスに滞在した体験をもとに書いた、耽美的な短篇集である。

荷風は、アメリカでの滞在の後、かねてから憧れていたフランスへ渡った。荷風にとってフランスは、文学と芸術の理想の地だった。この短篇集は、その念願の地での体験から生まれた。 前作のあめりか物語と対をなす作品にあたる。

作品には、リヨンやパリの街、そこに生きる人々、そして西洋の芸術や音楽への陶酔が描かれる。荷風は、フランスの洗練された文化と、その官能的で、どこか退廃した美に、深く酔いしれる。

前作あめりか物語が、異国での孤独や哀愁を描いたのに対し、この作品には、憧れの地に立った歓びと、西洋の美への官能的な陶酔がある。 娼婦との交わり、酒と音楽、そして自由な芸術の空気。

だが、この官能的な内容が問題となった。刊行された『ふらんす物語』は、風俗を乱すとして、発売禁止の処分を受けた。 当時の日本社会の道徳の枠を、荷風の自由な美意識は、はみ出していた。

文学史における評価と影響

永井荷風の耽美的な作風を確立した作品であり、あめりか物語と並ぶ、初期の代表作とされる。

この作品の意義は、荷風の理想とした西洋像を、明確に打ち出した点にある。荷風にとって、フランスは単なる外国ではない。文学と芸術と自由が息づく、憧れの理想郷だった。 この作品には、その憧れの地に立った荷風の歓喜と陶酔が満ちている。

主題は、西洋の官能的で退廃的な美への陶酔である。前作あめりか物語の哀愁とは対照的に、ここには、美と快楽を肯定する、明るく自由な感覚がある。荷風は、道徳や実利を超えた、芸術と官能の世界に、価値を見出した。

発売禁止処分が、この作品を象徴的なものにした。荷風の自由な美意識は、当時の日本の道徳的な社会と、正面から衝突した。この事件は、荷風を、体制や世間の道徳に背を向ける、反時代的な芸術家という立場へと、決定づけていく。

以後の荷風は、西洋への憧れと、失われゆく江戸の情緒への愛惜という、二つの軸のあいだで文学を紡いでいく。その官能的で耽美的な原点が、この『ふらんす物語』にある。 すみだ川濹東綺譚へと続く荷風文学の重要な出発点にあたる。

内容

短篇集『ふらんす物語』永井荷風が、憧れのフランスでの滞在をもとに書いた、短篇や小品を集めたものである。

荷風は、四年余りのアメリカ滞在を終えた後、ついに念願のフランスへと渡った。滞在は一年足らずと短かったが、荷風にとってそれは、生涯忘れがたい体験となった。フランスは、荷風が少年時代から憧れ続けた、文学と芸術の理想の地だったのである。

作品に描かれるのは、そのフランスでの日々である。

荷風が最初に滞在したのは、商業都市リヨンだった。銀行の仕事は退屈で、荷風はしばしば街をさまよい、劇場やカフェに通った。やがて荷風は、念願のパリへ向かう。

短篇には、パリやリヨンの街の風景、劇場やオペラ、そして街に生きる人々が、生き生きと描かれる。荷風は、西洋の音楽や芝居、絵画に陶酔し、その洗練された文化の空気を、全身で吸い込む。

娼婦との交わりも、率直に描かれる。荷風は、そこに、道徳を超えた官能の美を見る。 前作あめりか物語に漂っていた、異郷の孤独や哀愁とは異なり、ここにあるのは、憧れの地に立った歓びと、美と快楽への明るい陶酔である。

同時に、荷風のまなざしは鋭い。西洋の文化を、ただ賛美するだけではない。その華やかさの裏にある退廃や、近代文明への懐疑も、作品には織り込まれている。

こうした官能的で自由な内容が、当時の日本では問題視された。刊行されるやいなや、この作品は、風俗を乱すものとして、発売禁止の処分を受けた。

だが、その発禁こそが、荷風の立場を象徴していた。世間の道徳に背を向け、芸術と官能の自由な世界に生きる——荷風の耽美的な文学の方向は、この作品によって、はっきりと定まった。西洋への憧れと、美への陶酔を刻んだこの短篇集は、荷風文学の重要な原点となっている。

作者

登場する文学史