村上春樹
- 原綴
- Murakami Haruki
- 生没
- 1949–
- 出身
- 京都市
- 国
- 日本
- 時代
- 現代
生涯
1949年、京都に生まれ、兵庫県で育った。両親はともに国語教師だったが、村上は日本の小説より、英米の小説やジャズ、アメリカ映画に親しんで育った。この嗜好が、後の作風を決めることになる。
早稲田大学在学中に結婚し、卒業後は東京でジャズ喫茶を経営した。作家になったのは遅く、29歳のとき、野球場で試合を見ていて「小説が書けるかもしれない」と突然思った、という逸話を語っている。1979年、風の歌を聴けで群像新人文学賞を受けてデビューし、その後、店を畳んで専業作家になった。
長く海外を拠点に執筆した。ヨーロッパやアメリカで暮らし、その間にノルウェイの森ねじまき鳥クロニクルなどを書いている。日本の文壇と距離を置き続けたことも、この作家の特徴である。現在も現役で執筆を続け、ノーベル文学賞の有力候補として毎年名前が挙がる存在になっている。
作風
村上は、それまでの日本文学と異なる乾いた文体を持ち込んだ。デビュー作から、短く乾いた文と、比喩の多い会話が特徴だった。じめじめした情感を排し、都会的で軽やかに読ませる。本人は、翻訳を通して英語の構文を意識的に取り入れたと語っており、まず英語で書いてから日本語に訳し直すという方法で文体を作ったという。
多くの作品が、現実と幻想の境界を越える。平凡な日常に、井戸の底、もう一つの世界、羊男といった非現実が入り込む。「こちら側」と「あちら側」を往復する構造が繰り返し現れる。最も売れたノルウェイの森は、幻想的な要素のないリアリズム寄りの作品で、むしろ村上の作品のなかでは例外的である。
一貫した主題は、喪失と、それでも生きることである。大切な誰かを失った主人公が、その喪失を抱えたまま、静かに日常を続けていく。孤独を否定せず、孤独のなかの平静を描く。翻訳者としても活動しており、フィッツジェラルド、レイモンド・カーヴァー、サリンジャーらを日本語に移している。自分の文体の源を、翻訳の実践を通して作った面がある。
作品
風の歌を聴け(1979年)
デビュー作で、短く断片的な文体で初期の特徴が最もはっきり出ている。
世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド(1985年)
二つの世界が交互に進む長篇である。
ノルウェイの森(1987年)
学生時代の恋と喪失を描く。社会現象的に売れ、作家としての位置を決定的にした。上下巻あわせて国内だけで一千万部を超える。
ねじまき鳥クロニクル(1994〜95年)
日常から始まり、ノモンハン事件など歴史の暴力へと降りていく大作である。「軽い」と言われた作風から、歴史と暴力を正面に据える方へ転じた。アンダーグラウンド(1997年)は、地下鉄サリン事件の被害者への聞き取りをまとめたノンフィクションである。
文学史における立ち位置と影響
村上は、日本文学で最も多くの言語に翻訳される作家になった。国際的な読者数という点で、川端康成や三島由紀夫を上回る。日本人作家が「世界文学」の一部として同時代的に読まれる、その規模を一段押し上げた。
日本の文壇との距離も際立つ。デビュー時から私小説の伝統とは無縁で、「日本的」とされる要素をほとんど持たない。この点は安部公房と共通するが、村上の場合はアメリカの大衆文化への親近性という形をとる。
同時代の評価は、今も分かれている。初期は「無国籍的」「軽い」と批判され、後年は歴史や暴力を取り込んで作風を変えたが、純文学の側からの評価と、圧倒的な商業的成功・国際的人気のあいだには、なお隔たりがある。存命の現役作家でもあり、文学史上の位置づけは定まっていないと見るのが正確である。