ノルウェイの森

作者
村上春樹
成立
1987
日本
時代
現代

概要

死者を抱えた若者の、恋と喪失の物語である。上下二巻。

主人公ワタナベは大学生。親友のキズキが、高校時代に理由も告げず自殺した。 その死が、ワタナベの中に消えずに残っている。

東京で、ワタナベはキズキの恋人だった直子と再会する。二人はキズキの死を共有している。やがて心を通わせるが、直子は精神を病み、京都の療養施設に入る。

同じ頃、ワタナベは大学で緑という活発な女性と出会う。直子が死者の側に立つ静かな存在なら、緑は生者の側の、明るく現実的な存在にあたる。 ワタナベは二人のあいだで揺れる。

直子は施設で自殺する。

キズキ、直子と、ワタナベの近しい者が次々に死んでいく。この小説は、その死をどう引き受けて生き続けるか、という一点をめぐっている。

題はビートルズの同名の曲から取られている。直子が好きだった曲で、物語の冒頭、三十七歳になったワタナベがその曲を飛行機の中で聞き、すべてを回想する形で始まる。

それまでの村上作品とは違い、この小説は現実的である。幻想的な仕掛けがなく、恋愛と喪失を正面から書いた。村上はこれを「百パーセントの恋愛小説」と呼んだ

文学史における評価と影響

戦後の日本で最も売れた小説の一つであり、村上春樹を国民的作家にした作品にあたる。

刊行時、上下巻あわせて数百万部が売れた。赤と緑の装丁の本が、若者の必携品のように扱われた。 この現象は「ノルウェイの森ブーム」と呼ばれた。

村上作品のなかで、この作品は例外的に現実的である。初期の作品にあった幻想や寓話の要素がなく、恋愛と死だけを扱う。村上自身、方法を変えて書いたと述べている。 そのぶん、村上をそれまで読まなかった層にも届いた。

主題は、喪失をどう生きるかである。近しい者の死を、若者はどう受け止めて生き続けるのか。「死は生の対極としてではなく、その一部として存在している」という作中の一節が、繰り返し引用される。

世界的な受容も大きい。この作品は数十の言語に翻訳され、村上が国際的な作家になる転機になった。日本の現代小説で、これほど広く海外で読まれた例は少ない。 アジア各国での人気がとくに高い。

一方、女性の描き方への批判も、この作品には向けられてきた。二人の女性が、主人公の内面を映す役割に置かれているのではないか、という指摘である。この論点は、村上作品全体をめぐる議論として続いている。

2010年、トラン・アン・ユン監督により映画化された。

あらすじ

三十七歳のワタナベは、ハンブルク行きの飛行機の中で、機内に流れる「ノルウェイの森」を聞く。その曲とともに、十八年前の記憶がよみがえる。

物語は、彼が大学生だった頃に戻る。

ワタナベの親友キズキは、高校三年の五月、理由を告げずにガス自殺した。十七歳だった。 ワタナベは、その死の意味を分からないまま、東京の大学に進む。

ある日、ワタナベは、キズキの恋人だった直子と東京で再会する。二人は、キズキという死者を共有している。言葉少なに歩き、次第に心を寄せ合う。

直子の二十歳の誕生日、二人は結ばれる。だがその後、直子は姿を消す。 精神を病み、京都の山中の療養施設に入っていた。

ワタナベは直子に手紙を書き、施設を訪ねる。直子は同室の年上の女性レイコとともに、静かに暮らしている。 回復は思うように進まない。

同じ頃、ワタナベは大学で緑という女性と出会う。緑は明るく、率直で、生きることに貪欲である。父を看病し、現実の重さを引き受けながら、笑っている。 ワタナベは緑に強く惹かれる。

ワタナベは、死者の側にいる直子と、生者の側にいる緑のあいだで揺れる。どちらも本物であり、どちらも捨てられない。

そして、直子が施設で自殺する。

ワタナベは打ちのめされる。あてもなく各地を放浪し、キズキと直子の死を、少しずつ自分の中に納めようとする。

やがてワタナベは、レイコと会う。施設を出たレイコと一夜を過ごし、直子を悼む。

ワタナベは緑に電話をかける。もう一度、生きているほうへ向かおうとする。

だが最後の場面、緑にどこにいるのかと問われて、ワタナベは自分がどこにいるのか分からなくなっている。電話ボックスの中で、どこでもない場所の真ん中から緑を呼び続けるところで、物語は終わる。

作者

登場する文学史