作者を探す六人の登場人物
- 原題
- Sei personaggi in cerca d'autore
- 作者
- ピランデッロ
- 成立
- 1921
- 国
- イタリア
- 時代
- 20世紀以降
概要
1921年5月、ローマのヴァッレ座で初演された戯曲である。三幕構成だが、幕は下りず、休憩も劇の一部として扱われる。
舞台は劇場そのもので、幕が上がったときには何の装置もない。ある劇団が、ピランデッロの別の戯曲の稽古をしている。そこへ六人の人物が入ってくる。作者が創り出しながら書き上げなかった登場人物であり、自分たちの物語を完成させてくれる作者を探していると告げる。
以後、劇は二重になる。六人が自分たちの身に起きたことを演じ、劇団の俳優がそれを再現しようとし、そのたびに「本人」たちが違うと抗議する。演出家は商業的に成り立つ形に整えようとし、対立が起きる。
扱われるのは、真実がどこにあるかという問題である。六人は互いの言い分が食い違い、同じ出来事を別々に語る。同じ家族の内部で、誰が正しいかを決める方法がない。
上演は約90分から2時間で、休憩を挟まない。
ピランデッロは1867年、シチリアの生まれ。小説と短篇を先に書いており、戯曲に本格的に取り組んだのは五十歳前後からである。この作品の着想は、自作の短篇と、書きかけて放棄した小説の構想に由来する。
初演は騒動になった。観客は怒り、罵声を浴びせ、劇場の外では作者に対する抗議が起きた。演劇の約束事を壊す作りが受け入れられなかったためである。一年後にミラノで再演されると評価が変わり、以後、各国で上演されるようになった。
1925年に作者自身が改訂を行っている。初演版では六人が奈落から現れる演出だったが、改訂版では客席側から舞台に上がる形になり、劇場と現実の境界をさらに曖昧にした。
背景には作者の私生活がある。妻アントニエッタは精神を病み、夫が浮気をしているという妄想に長年苦しんだ。ピランデッロは自宅で介護を続けたのち、1919年に施設に入れている。一人の人間について複数の食い違う現実が同時に存在するという主題は、この経験と結びつけて論じられることが多い。
1934年にノーベル文学賞を受賞した。ファシスト党に入党しており、ムッソリーニ政権との関係は、現在も評価の分かれる点として残っている。
文学史における評価と影響
演劇の枠組みそのものを主題にした作品として、20世紀の演劇の転回点に置かれる。劇の中で劇が作られる構造は先例があるが、この作品では登場人物が作者と演出家に反抗するという形をとる。虚構の側が、それを作る側に対して権利を主張する。
第四の壁——舞台と客席を隔てる見えない壁——を壊す手法も、ここで明確な形をとった。人物は客席から現れ、劇の外で起きたことが劇の中に持ち込まれる。この方法は、後のブレヒトの異化効果や、ベケット、イヨネスコの不条理演劇へつながる系譜として語られる。
主題の面では、人格の一貫性への疑いが中心にある。ピランデッロの作品では、同じ人物が相手によって別の人物として存在し、どれが本当かを決める基準がない。この作品の六人も、それぞれ自分の側の真実だけを持っており、劇はどれかを選ばない。登場人物のほうが俳優より確固としているという逆説がここに置かれる。人物は一つの物語に固定されて変わらないが、生きた人間は日々変わるためである。
演劇史では、この作品を含む三作が「劇中劇三部作」と呼ばれる。他の二作も劇場と観客の関係を扱う。
日本でも新劇の演目として上演が重ねられており、訳も複数ある。上演の形式が作品の内容と直結するため、演出ごとの差が大きい。
あらすじ
劇場。演出家と俳優たちが稽古を始めようとしている。舞台監督が現れ、来客だと告げる。六人が現れる。父、母、義理の娘(継娘)、息子、十四歳の少年、四歳の少女である。
父が説明する。自分たちは作者の頭の中に生まれたが、書き上げてもらえなかった登場人物であり、生きるためには演じられなければならない、と。演出家は追い返そうとするが、話の中身を聞くうちに関心を持つ。
一家の事情が、断片的に明かされる。父は母と結婚し、息子をもうけた。父は母が自分の秘書と心を通わせていると考え、二人を一緒にさせて家から出した。母はその男との間に三人の子を産む。父は罪の意識から、遠くから一家を見守っていた。
やがて男が死に、一家は困窮する。母は仕立て屋マダム・パーチェの店で働き始めるが、その店は裏で売春の斡旋をしていた。継娘はそこで客を取る。ある日、店に来た客が父だった。互いに気づかないまま二人きりの部屋に入り、母が飛び込んできて、あの人は父親だと叫ぶ。
演出家はこの場面を上演することにする。マダム・パーチェを呼ぶために店の道具を並べさせると、当のマダム・パーチェが舞台に現れる。呼び出す条件が整えば人物が現れるという設定が示される。
俳優たちが再現を試みる。だが父と継娘は、自分たちの声や仕草と違うと言って納得しない。演出家は、舞台には舞台の約束事があると説明し、継娘は真実を歪めるなと反発する。
第三幕では、事件のあと一家が父の家に引き取られた場面が扱われる。息子は継母と義理の弟妹を認めず、口をきかない。庭で四歳の少女が噴水に落ちて溺れ死ぬ。それを見ていた少年は、ポケットから拳銃を取り出して自らを撃つ。
俳優たちは、これは芝居なのか本当なのかと混乱する。演出家は、時間を無駄にしたと叫び、明かりを消させる。人物たちの影が舞台に残り、継娘の笑い声が響いて劇は終わる。