アルベルト・モラヴィア

原綴
Alberto Moravia
生没
1907–1990
出身
ローマ
本名
Alberto Pincherle
イタリア
時代
20世紀以降

生涯

1907年、ローマの裕福な家に生まれた。本名はアルベルト・ピンケルレという。父はユダヤ系の建築家である。

九歳のとき骨結核にかかり、以後の少年期の大半を病床で過ごした。学校にはほとんど通っていない。そのかわり、寝たままで大量の本を読んだ。ドストエフスキージョイスプルースト。この独学が作家としての土台になった。

1929年、二十二歳で最初の長篇『無関心な人びと』を刊行する。費用の一部を自分で負担しての出版だった。ローマのブルジョワ家庭が内側から崩れていく話で、大きな反響を呼ぶ。だが内容はファシスト政権にとって好ましいものではなく、以後、当局の監視と圧力を受け続けることになった。

ファシズムの時代は、筆名を変えて書いたり映画の脚本を書いたりして食いつないだ。1943年にムッソリーニが失脚し、ドイツ軍がイタリアを占領すると、ユダヤ系であるモラヴィアは身の危険を感じて妻とともにローマを脱出し、山中の農家の小屋に隠れる。この経験が後の『不服従』や『2人の女』の素材になった。

戦後、名声が確立する。次々に長篇を発表し、国際的にも広く読まれた。作品の多くが映画化され、自身も映画評論を書いて映画界と深く関わっている。1990年、八十二歳で死去した。

作風

『無関心な人びと』が出発点になる。ローマの没落しかけたブルジョワの一家が舞台である。母は愛人に金を頼り、その愛人が娘に手を出す。息子はそれを全部知っている。怒るべきだと分かっている。だが怒れない。何も感じない。この感情の麻痺が題名の「無関心」にあたる。

この状態が生涯の主題になった。何も信じられず、何にも心を動かされず、惰性で生きている人間。行動する理由も、しない理由も見つからない。この空虚が、作品を変えながら繰り返し描かれる。

性が重要な主題として出てくる。描写も多い。ただし官能を書くためではない。性は人と人が最も近づく場所のはずだが、そこでさえ通じ合えない、ということを示すために使われる。孤立を確認する場として書かれている。この扱いのために作品はしばしば猥褻と非難され、カトリック教会の禁書目録にも載せられた。

文章は平明である。技巧を凝らさず、短く分かりやすい文で書く。この読みやすさが広い読者を得た理由になった。同時に、飾らない文体が、書かれている内容の冷たさを際立たせている。

社会批判は一貫していた。ブルジョワの偽善、ファシズム、そして戦後の消費社会。対象は変わっても、その道徳的な空洞を暴く姿勢は変わらない。

作品

『無関心な人びと(Gli Indifferenti)』(1929年)

最初の長篇にして代表作である。ローマのブルジョワ家庭の崩壊を、五日間の出来事として描く。

『ローマの女(La Romana)』(1947年)

娼婦を主人公にした長篇である。

『軽蔑(Il Disprezzo)』(1954年)

映画の脚本家とその妻の関係が壊れていく過程を描く。妻がなぜ夫を軽蔑するようになったのか、夫には最後まで分からない。ゴダールが映画化した。

『2人の女(La Ciociara)』(1957年)

戦時下にローマから疎開した母と娘が受ける暴力を描く。デ・シーカが映画化し、主演のソフィア・ローレンがアカデミー賞を受けた。

『倦怠(La Noia)』(1960年)

絵が描けなくなった画家が、若い女への執着だけで日を送る話である。

短編集『ローマの物語(Racconti Romani)』も広く読まれた。

日本語では主要作の多くが訳されている。

文学史における立ち位置と影響

20世紀イタリアで最も広く読まれた作家の一人である。

「無関心」という主題によって、20世紀の人間の状態を早い時期に捉えた。何も信じられず何も感じられない、という感覚は、後に実存主義の文学が扱うものと重なる。カミュ異邦人より十年以上早く、モラヴィアはこの状態を書いていた。

戦後イタリアのとも関わりが深い。現実を飾らずに描くという方向は共通する。ただしモラヴィアが扱ったのは庶民の生活よりブルジョワの内面の空虚であり、その中心からはやや外れた位置にいる。

映画との関わりは極めて深い。作品は繰り返し映画化され、ゴダール、デ・シーカ、ベルトルッチといったイタリアとフランスの主要な監督が原作に選んだ。ベルトルッチの『暗殺の森』も、ファシストになった男を描いたモラヴィアの小説『順応主義者』に基づく。文学と映画の関係を考えるうえで重要な例になっている。

平明な文体は、批評家からは技巧に乏しいとして低く見られることもあった。一方で、その読みやすさによって文学を広い読者に届けたという評価もある。

日本での受容も厚い。戦後、多くの作品が訳され、映画とともに広く知られた。

なお、20世紀イタリアの女性作家エルサ・モランテは妻にあたる。二人はそれぞれ独立した作家として活動した。

登場する文学史