アルゴナウティカ

原題
Argonautika
作者
アポロニオス・ロディオス
成立
前3世紀
ギリシャ
時代
ヘレニズム期

概要

前3世紀、エジプトのアレクサンドリアで書かれた叙事詩である。全4巻、約5800行。ホメロスの作品よりはるかに短い。

主題は、テッサリアの王子イアソンが、王位を取り戻す条件として課された金羊毛の探索である。五十人余りの英雄を集め、アルゴ船で黒海の奥地コルキスへ向かい、王女メデイアの助けで羊毛を得て逃げ帰る。

ホメロス以後、数百年ぶりに書かれた本格的な叙事詩にあたる。この時期、アレクサンドリアの学者詩人たちは、長大な叙事詩はもはや書けないという立場をとっていた。この作品はそれに反する試みだった。

内容は、古い叙事詩とは性格が異なる。主人公イアソンは、イリアスのアキレウスのような無敵の戦士ではない。しばしば途方に暮れ、仲間に助けを求め、決定的な場面では女性の助力に頼る。苦境で沈黙し、なすすべを失う主人公として繰り返し描かれる。

第3巻はメデイアの恋を扱い、この作品で最も評価が高い部分にあたる。

アポロニオスは前3世紀の人で、アレクサンドリアのムセイオンに属した学者詩人である。プトレマイオス朝の王が設けた研究機関で、付属の図書館には各地の写本が集められていた。

生涯については、後代の伝記に不確かな記述が残るのみである。アレクサンドリア図書館の館長を務めたとする説がある。「ロディオス」はロドス島に関わる呼称で、この島に移住したためとされるが、事情は分かっていない。

同時代の詩人カリマコスと論争があったという伝承が長く流布してきた。カリマコスが短く洗練された詩を主張し、大部の叙事詩を否定したのに対し、アポロニオスが長篇を書いたため対立した、という筋書きである。現在この伝承は疑われており、後代の作り話とする見方が有力である。カリマコスの詩論と本作の性格は、対立というより同じ関心を共有している面がある。

作品には、地名の由来、儀式の起源、珍しい語の使用が随所に組み込まれている。アレクサンドリアの学問の産物であり、読者にも知識が求められる。

文学史における評価と影響

ヘレニズム期を代表する叙事詩である。ホメロスの型を踏まえながら、規模を縮め、主人公を弱くし、恋愛を中心に据えた。叙事詩が、英雄の戦いではなく人物の心理を扱いうることを示した。

第3巻のメデイアの造形が、その最大の達成にあたる。恋に落ちてから決断するまでの逡巡が、夢、独白、姉との会話、自殺の未遂を通して長く描かれる。恋愛を主題として本格的に扱った最初期の作品として位置づけられ、以後の文学に道を開いた。

ウェルギリウスアエネイスへの影響は直接的である。第4巻のディドとアエネアスの挿話は、メデイアの描写を下敷きにしている。恋に落ちた女の眠れぬ夜、乳母や姉への相談、去っていく男への怨嗟。ウェルギリウスを通じて、この造形はヨーロッパ文学の共有財産になった。

長く低い評価に置かれていた時期がある。ホメロスの模倣であり、主人公に力がないという批判である。20世紀後半以降、その「力のなさ」こそが意図された造形だという読みが広がり、評価が上がった。

ローマではウァレリウス・フラックスがラテン語の翻案を書いている。近代以降は、アルゴ船の物語として児童向けの翻案や映画の題材にもなった。

日本では訳が読める。固有名詞と地理の記述が多く、注釈を要する。

あらすじ

第1巻。イオルコスの王ペリアスは、片方の履物を失った男に倒されるという神託を受けていた。川を渡る際に履物の片方を流したイアソンが現れる。ペリアスは、コルキスの金羊毛を持ち帰れば王位を返すと告げる。無理難題である。

イアソンはギリシア全土から英雄を集める。ヘラクレス、オルペウス、カストルとポリュデウケス、双子の風の子。アルゴ船が建造され、出航する。

途中、レムノス島に寄る。この島には女しかいない。夫たちを皆殺しにした過去があるためで、一行は歓待され、長く滞在する。ヘラクレスが叱責してようやく出発する。

ヘラクレスは、途中で従者ヒュラスが水の精に引き込まれて消えたため、その捜索に残り、以後同行しない。最強の英雄が早々に脱落する構成になっている。

第2巻。拳闘の名手アミュコスとの戦い、盲目の予言者ピネウスの救出。ピネウスは、食事のたびに怪鳥ハルピュイアに食物を奪われ汚されていた。風の子が追い払う。礼として、この先の航路が示される。

シュンプレガデスと呼ばれる、通ろうとする船を挟み潰す二つの岩の間を、鳩を先に飛ばして通過する。黒海に入り、コルキスに着く。

第3巻。女神ヘラとアテナが、イアソンを助けるためアプロディテに相談する。アプロディテは息子エロスに命じ、コルキス王の娘メデイアの心臓を射させる。

メデイアは恋に落ちる。魔術に長けた王女で、イアソンを助けるかどうかで長く葛藤する。父を裏切る恐怖、姉への相談、自殺を考えて薬箱を開き、思いとどまる場面が細かく描かれる。

王アイエテスは、青銅の脚を持つ牛に軛をつけて畑を耕し、竜の歯を蒔き、そこから生える武装した兵を倒せば羊毛を渡すと言う。メデイアはイアソンに、火にも刃にも傷つかない薬を渡す。イアソンは課題をこなす。

第4巻。王が約束を守らないと知り、メデイアはイアソンを竜の眠る森へ導き、薬で竜を眠らせて羊毛を奪う。二人は船で逃げる。

追手を率いるのはメデイアの弟アプシュルトスである。休戦の交渉に応じるふりをして誘い出し、イアソンが殺す。神々の怒りを買い、一行は長い放浪を強いられる。ドナウ川、アドリア海、北アフリカの砂漠を陸路で船を担いで越える。魔女キルケによる浄めを受け、セイレンの海域はオルペウスの歌で切り抜ける。

クレタ島では、青銅の巨人タロスがメデイアの魔術で倒される。ようやくギリシアに帰着したところで詩は終わる。帰国後の出来事——イアソンの裏切りとメデイアの復讐——は書かれない。 その先はエウリピデスメデイアが扱う。

作者

登場する文学史