人間の土地

作者
アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ
成立
1939
フランス
時代
20世紀以降

概要

飛行士としての体験をもとに、人間の絆と生の意味を思索したエッセイである。

サン=テグジュペリは、南方郵便機夜間飛行で、飛行を小説にした。この『人間の土地』は、小説ではなく、自らの飛行体験をもとにした、思索的なエッセイにあたる。 アカデミー・フランセーズ賞を受賞した。

サン=テグジュペリは、郵便飛行士として、砂漠や山を越え、幾度も死に直面した。その体験の一つ一つから、彼は、人間とは何か、生きるとは何かを、思索していく。

この本の白眉がサハラ砂漠での遭難体験である。飛行機の事故で砂漠に不時着した彼は、水も食料もないまま、数日間、砂漠をさまよう。渇きと幻覚のなかで、死に瀕しながら、彼は、生きることの意味を、痛切に悟る。 奇跡的に、ベドウィン(遊牧民)に助けられ、彼は、見知らぬ他者の手による救いに、人間の絆を見る。

サン=テグジュペリが繰り返し説くのは、人と人との絆と、責任の思想である。「愛するとは、互いに見つめ合うことではなく、ともに同じ方向を見つめることだ」——こうした名高い言葉が、随所に置かれている。

「人間であること、それはとりもなおさず責任をもつことだ」——行動と責任のなかにこそ、人間の尊厳がある、という思想が、この本を貫いている。

文学史における評価と影響

サン=テグジュペリの思想を最もよく伝えるエッセイであり、その代表作の一つとされる。アカデミー・フランセーズ賞を受賞した。

この作品の魅力は行動と省察の融合にある。サン=テグジュペリは、机上の思想家ではない。砂漠での遭難、仲間の死、命がけの飛行——その具体的な体験から、生の意味を、直接に汲み出す。 抽象的な哲学ではなく、生きられた思索である点に、この本の説得力がある。

主題は人間の絆と、責任である。サン=テグジュペリは、個人の孤独を超えて、人と人とを結ぶものを求める。危険を分かち合う仲間、見知らぬ他者による救い、そして共通の使命。 そこにこそ、人間の尊厳がある、と彼は説く。

名高い箴言がこの本を豊かにしている。「愛するとは、ともに同じ方向を見つめることだ」「人間であること、それは責任をもつことだ」。こうした言葉は後の星の王子さまの思想と、深く通じている。 実際、砂漠での遭難体験は、星の王子さまの砂漠の設定の下地になっている。

ヒューマニズムの古典として、この作品は、時代を超えて読まれてきた。孤独と絶望のなかでも人と人との絆を信じ、責任と行動のうちに生の意味を見出す。その思想は危機の時代における、希望のメッセージとして、今も生き続けている。

内容

『人間の土地』はサン=テグジュペリが、自らの飛行体験をもとに綴った、思索的なエッセイである。いくつもの体験の挿話が、生と人間をめぐる省察とともに、綴られていく。

サン=テグジュペリは、まず飛行士としての日々を語る。先輩飛行士から受け継いだ、危険な航路。仲間たちとの命がけの連帯。 郵便飛行の草創期を生きた彼にとって、飛行は、たえず死と隣り合わせの営みだった。

彼は仲間の飛行士ギヨメの遭難と生還の物語を語る。ギヨメはアンデス山脈で遭難し、雪のなかを、何日も歩き続けて、生還した。「僕がやり遂げたことは、どんな動物も、決してやりはしなかったろう」——ギヨメのこの言葉に、サン=テグジュペリは、人間の意志の尊さを見る。

そしてこの本の中心をなすのが、サン=テグジュペリ自身のサハラ砂漠での遭難体験である。

飛行機の事故で、彼と整備士は、水も食料もほとんどないまま、砂漠のただ中に、不時着した。灼熱と、渇きのなかを、二人は、あてもなく、何日も歩き続ける。 やがて渇きは極限に達し、幻覚が現れる。彼らは死に、限りなく近づいていく。

その死の淵で、サン=テグジュペリは、生きることの意味を、痛切に悟る。彼が思うのは自分を待つ人々のことだった。自分が死ねば、悲しむ人がいる。生き延びる責任が自分にはある。

そしてほとんど死にかけたところで、二人は、通りかかったベドウィン(砂漠の遊牧民)に、救われる。言葉も通じない、見知らぬ他者。だがその一人の手が二人に水を与え、命を救う。サン=テグジュペリは、この救いに、人種や言葉を超えた、人間と人間の深い絆を見る。

こうした体験の一つ一つから、サン=テグジュペリは、思索を紡ぐ。人と人とを結ぶ、目に見えない絆。危険を分かち合う仲間の尊さ。そして他者に対して責任を負うことのなかにこそ、人間の尊厳があるという、彼の思想が、繰り返し語られる。

「人間であること、それはとりもなおさず責任をもつことだ」。行動と絆と責任のうちに、生の意味を見出すこのエッセイは、危機の時代における、力強いヒューマニズムの書として、読み継がれている。

作者

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