南方郵便機

作者
アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ
成立
1929
フランス
時代
20世紀以降

概要

砂漠を越えて郵便を運ぶ飛行士の孤独と、地上に残した恋を描いた小説である。

サン=テグジュペリは、星の王子さまで世界的に知られる作家である。だが彼はまず何よりも飛行機の操縦士だった。 この『南方郵便機』は、その飛行の体験に根ざした、最初の長篇小説にあたる。

主人公はベルニスという郵便飛行士である。彼はフランスからアフリカのサハラ砂漠を越え、南米へと郵便を運ぶ、危険な航路を飛んでいる。当時の飛行は命がけだった。 故障、砂嵐、不時着。飛行士はつねに死と隣り合わせで、孤独に空を飛ぶ。

物語にはもう一つの軸がある。ベルニスが地上に残してきた恋人ジュヌヴィエーヴとのかなわぬ愛である。彼女は別の男と結婚していた。ベルニスは束の間、彼女と再会し、連れ出そうとするが、その愛は結局、成就しない。

飛行士の孤独な使命と、地上での満たされぬ恋。この二つが交錯しながら描かれる。 やがてベルニスは、砂漠上空で消息を絶ち、砂の中で最期を迎える。

飛行という新しい体験を、詩的な文体で文学に昇華した、サン=テグジュペリ文学の出発点にあたる作品である。

文学史における評価と影響

サン=テグジュペリの処女長篇であり、その後の作品世界の原型を示す作品とされる。

この小説の新しさは飛行という、当時まだ珍しかった体験を、文学の主題にした点にある。サン=テグジュペリは、郵便飛行の草創期に、実際にサハラ航路を飛んだ操縦士だった。その体験に根ざした飛行の描写には、机上の想像では書けない、確かなリアリティがある。

主題は孤独と使命、そして愛である。飛行士は危険な空で、一人、使命を果たす。地上には満たされぬ愛がある。行動する者の孤独と、その孤独のなかで見出される生の意味という、サン=テグジュペリの一貫した主題が、すでにここに現れている。

詩的な文体も特徴である。飛行から見た大地や空や星の描写は、単なる風景ではなく、生と死、孤独と連帯をめぐる、思索と結びついている。この行動と省察が溶け合った文体は、後の人間の土地で完成される。

処女作ゆえの未熟さを指摘されることもある。だが飛行士としての体験と、詩人としての感性が結びついた、その独自の世界は、この最初の長篇から、はっきりと立ち上がっている。 続く夜間飛行で、サン=テグジュペリは、この世界を、より完成された形で描くことになる。

あらすじ

主人公ジャック・ベルニスは、フランスの航空郵便会社の郵便飛行士である。彼が担当するのはフランスからスペイン、そしてアフリカのサハラ砂漠を越えて、大西洋沿岸の南方へと、郵便を運ぶ、長く危険な航路である。

物語は砂漠の中継地の一つで、無線係を務める「私」(語り手)の視点も交えながら、ベルニスの飛行を追っていく。

当時の飛行は命がけだった。飛行機はしばしば故障し、砂嵐に見舞われ、砂漠に不時着した。不時着すれば、敵対的な部族に襲われることもある。飛行士はたった一人、そうした危険と向き合いながら、郵便という使命を果たすために、空を飛ぶ。その孤独は深い。

だがベルニスの心には飛行の使命とは別のもう一つの思いがあった。地上に残してきた、恋人ジュヌヴィエーヴへのかなわぬ愛である。

ジュヌヴィエーヴはベルニスがかつて愛した女性だった。だが今、彼女は、別の男と結婚している。 ある時、飛行の合間に、ベルニスは、パリで彼女と再会する。ジュヌヴィエーヴの結婚生活は、幸福ではなかった。ベルニスは彼女を、その生活から連れ出そうとする。

二人は束の間、逃避行を試みる。だがその愛は成就しない。 ジュヌヴィエーヴは、結局、日常へと戻っていく。ベルニスは地上での愛を、手に入れることができない。

満たされぬ思いを抱えたまま、ベルニスは、ふたたび飛行の使命へと戻っていく。空だけが彼の生きる場所だった。

そしてある飛行のさなか、ベルニスの機は、サハラ砂漠の上空で、消息を絶つ。 砂漠に不時着したベルニスは、広大な砂の中で、たった一人、最期を迎える。

地上での愛にも飛行士としての生にも、安住の地を見出せなかった一人の男。その孤独な生と死を、砂漠と空を背景に描いて、サン=テグジュペリの最初の物語は閉じられる。

作者

登場する文学史