夜間飛行

作者
アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ
成立
1931
フランス
時代
20世紀以降

概要

夜の空を飛ぶ危険な飛行と、それを指揮する責任者の孤独な意志を描いた小説である。

サン=テグジュペリは、南方郵便機に続いてこの『夜間飛行』を書いた。郵便飛行の草創期を舞台にした、行動の文学にあたる。 フランスの権威ある文学賞、フェミナ賞を受賞した。

物語には二種類の人物が描かれる。一つは夜の空を飛ぶ飛行士たち。もう一つはその飛行を地上から指揮する、責任者リヴィエールである。

当時、夜の飛行は、きわめて危険だった。闇のなかで、嵐に巻き込まれれば、飛行士は、なすすべもなく命を落とす。 それでもリヴィエールは、郵便網を維持するために、飛行士たちを、夜の空へと送り出す。

リヴィエールは非情に見える。部下のわずかな過失も許さず、危険な任務を、冷徹に命じる。部下たちは彼を恐れる。だがリヴィエールの内には、深い葛藤がある。一人の飛行士の命と、多くの人のための使命と、どちらを取るべきか。

嵐の夜、一機の飛行機が、燃料の尽きるまで、闇のなかをさまよい、ついに消息を絶つ。飛行士の妻の悲しみと、それでも次の便を飛ばさねばならないリヴィエールの孤独。 個人の幸福を超えた、行動と責任の意味が、問われる。

文学史における評価と影響

サン=テグジュペリの名を高めた出世作であり、行動の文学の代表作とされる。フェミナ賞受賞作にあたる。

この作品の主題は行動と責任、そして義務の意味である。指揮官リヴィエールは飛行士たちを、死の危険のある夜の空へと送り出す。それは一見、非情である。 だが彼は、個人の安楽や幸福を超えた、大きな使命——夜間郵便網の確立——のために、その冷徹さを、あえて引き受ける。

「個人の幸福」と「使命」の対立が作品の核心にある。飛行士の妻は夫の帰りを待ち、彼の幸福を願う。だがリヴィエールはその個人の幸福よりも、多くの人のための使命を、優先する。 その選択の重さと孤独が、深く問われる。

行動の英雄性を描いた点で、この作品は、同時代のアンドレ・ジッドやマルローの文学と、響き合う。ジッドはこの作品に序文を寄せ、その義務と行動の思想を高く評価した。 危険を冒して使命を果たす人間の姿に、サン=テグジュペリは、生の尊厳を見た。

一方リヴィエールの非情さには、批判もある。個人よりも使命を優先する思想が、全体主義に通じる危うさをはらむ、という指摘である。 それでも、極限の状況における人間の責任を問うたこの作品は、行動の文学の古典として、読み継がれている。

あらすじ

南米。フランスの航空郵便会社が、大陸をまたぐ郵便網を、築こうとしていた。パタゴニア、チリ、パラグアイの各地から、郵便機が、夜を徹して、中継地のブエノスアイレスへと飛んでくる。

当時、夜間の飛行は命がけの冒険だった。闇のなかでは地形も天候の変化も、見えにくい。嵐に巻き込まれれば、飛行士は、方向を見失い、燃料の尽きるまでさまよって、命を落とす。

この危険な夜間郵便を、地上から指揮しているのが、リヴィエールである。彼は厳格な男だった。部下のわずかな過失も見逃さず、規律を、冷徹に守らせる。 飛行士や整備士たちは、彼を恐れ、その非情さを、時に恨んだ。

だがリヴィエールがそこまで厳しいのには、理由があった。夜間飛行という危険な事業を成功させ、郵便網を確立するためには、一切の甘えを許してはならないと、彼は信じていた。個人の感情や、わずかな油断が、事業全体を、そして多くの人の努力を、無にしてしまう。リヴィエールはその大きな使命のために、自らあえて非情な指揮官の役を引き受けていた。

その夜、パタゴニアから、若い飛行士ファビアンの操縦する郵便機が飛び立った。

だが途中で、機は、予想外の巨大な嵐に、巻き込まれる。闇と、暴風と、稲妻のなかで、ファビアンは、方向を見失う。 無線で、地上と、必死の交信を続けるが、脱出の道は見つからない。燃料は刻一刻と、減っていく。

地上ではリヴィエールが、この危機を、じっと見つめている。そしてファビアンの若い妻が、夫の帰りを、不安のなかで待っている。 彼女は、リヴィエールに、夫を助けてほしいと、すがる。

だがリヴィエールにはなすすべがない。嵐のなかのファビアンを、地上から救うことは、できない。

やがてファビアンの機は、燃料が尽き、闇のなかで、消息を絶つ。 一人の飛行士の命が、夜の空に、失われた。

深い悲しみと、部下を死なせた責任。それでもリヴィエールは、悲嘆に暮れることを、自らに許さない。 なぜなら、次のヨーロッパ行きの郵便機を、また夜の空へと、飛ばさねばならないからである。

一人の死を乗り越えて、事業を続ける。個人の幸福を超えた、使命と責任の重さを、その孤独な意志のうちに引き受けて、リヴィエールは、次の便の出発を、命じる。 行動する者の孤独と尊厳を刻んで、物語は閉じられる。

作者

登場する文学史