狭き門

原題
La Porte étroite
作者
アンドレ・ジッド
成立
1909
フランス
時代
20世紀以降

概要

1909年に刊行された中篇小説である。ジッドの作品のなかで、日本では最も広く読まれてきた。

題は新約聖書のルカ福音書による。狭い門から入るように努めよ、多くの者が入ろうとして入れない、という一節がある。作中でこの言葉が説教で語られ、それを聞いた娘アリサが自分の生き方を決める。

主人公は語り手ジェロームと、二歳年上の従姉アリサ。二人は互いを想っており、周囲も結婚を当然と考えている。しかしアリサは結婚を先延ばしにし続け、最後には一人で死ぬ。

アリサが拒む理由は最後まで説明されない。作品はジェロームの回想として進み、ジェロームにも理由が分からない。アリサの死後に見つかる日記で、初めてその内側が示される。

作者はこの作品を、七年前の背徳者と一対のものとして構想した。あちらは道徳を捨てた男が妻を死なせ、こちらは道徳を守った娘が自分と相手を損なう。

ジッドは1869年、パリのプロテスタントの家に生まれた。父方はフランス南部の新教徒の家系、母方はノルマンディーの資産家である。父は早く死に、母のもとで厳格な信仰教育を受けた。

十三歳のころ、ジッドは従姉マドレーヌ・ロンドーが、母親の不倫を知って泣いているところを見た。作品冒頭のアリサの場面はこの記憶による。ジッドはマドレーヌと1895年に結婚したが、この結婚は肉体を伴わないものだった。ジッドは同性への欲望を持っており、そのことを結婚前から自覚している。

作品はマドレーヌをモデルにしたと長く言われてきたが、ジッド自身は否定していた。この結婚の実態については、自伝一粒の麦もし死なずばや書簡から断片的にしか分からない。後年、マドレーヌはジッドから受け取った手紙をすべて焼いている。

執筆は数年にわたり、1909年に創刊されたばかりの雑誌『新フランス評論』に分載された。この雑誌はジッドが創設に関わり、20世紀前半のフランス文学の中心になる。ジッドの本としては初めて版を重ね、名前が広く知られる契機になった。

文学史における評価と影響

日記による切り返しが構成の要にあたる。読者はジェロームの視点で最後まで読み、アリサを理解できないまま終わる。日記でようやく内側が示されるが、そこでも動機は一貫していない。信仰による確信と、単に会いたいという願いが、同じ手帳に混在している。

この作品を宗教批判として読む見方が古くからある。プロテスタントの厳格な教育が娘を殺した、という読み方である。ジッド自身は、そう単純に読まれることに繰り返し不満を述べた。アリサの選択は外から強いられたものではなく、自分で選んだものとして書かれている。

背徳者との対も、この読みを難しくする。ミシェルは道徳を捨てて妻を死なせ、アリサは道徳を守って自分と相手を損なう。どちらの側にも与しない書き方が意図されている。ジッドはこの二作を「レシ」と呼び、主人公の一人称で一つの立場を極端まで進めてみせる形式として、後の贋金つくりのような長篇と区別した。

日本では明治末から訳され、青春期に読む本として長く定着してきた。純粋さが人を損なうという構図が、日本の読者に受け入れられた面がある。

あらすじ

語り手ジェロームの回想である。

十二歳の夏、ジェロームはノルマンディーの伯父ビュコラン家に滞在する。伯母は男を作って家を出ようとしており、家の中は乱れている。ジェロームは、部屋で泣いている二歳年上の従姉アリサを見つける。このときから、この人を守るという思いを持つ。

伯母が実際に家を出た後、アリサは家事と父の世話を引き受ける。ジェロームとアリサは手紙をやりとりし、休暇のたびに会う。二人が結婚するものと周囲は思っている。

ある日曜の説教で、牧師が「狭き門より入れ」を説く。多くの者が広い門から入り、滅びに至る。生命に至る門は狭く、その道は細い。アリサはこの説教を強く受け止める。

ジェロームが求婚しようとすると、アリサは待ってほしいと言う。理由は述べない。年齢の差、父の世話、いろいろな口実が出される。

やがてアリサは、妹ジュリエットもジェロームを想っていることを知る。アリサは身を引こうとし、ジュリエットにジェロームを譲ろうとする。ジュリエットはこれを察し、まったく愛していない年上の葡萄栽培業者との結婚を突然決めて、家を出る。

障害はなくなったはずだが、アリサはなお結婚を延ばす。ジェロームが訪ねるたび、アリサの様子が変わっていく。以前は二人で読んでいた本を片づけ、代わりに信心の本を並べる。服装を粗末にし、話を宗教の話題に逸らす。ジェロームは、この人は自分を遠ざけようとしていると感じるが、理由が分からない。

数年後、ジェロームが最後に訪ねたとき、アリサは痩せて老けている。二人は庭を歩き、ほとんど何も話さずに別れる。

しばらくして、アリサが家を出てパリの療養所に入り、そこで死んだという知らせが届く。誰にも行き先を告げていなかった。

妹ジュリエットの家で、ジェロームはアリサの日記を渡される。そこには別のことが書かれている。アリサはジェロームを最後まで愛していた。愛したまま断ち切ろうとしていた。理由も書かれている。ジェロームと結ばれれば自分は幸福になる。だがそれは、より高いところへ行くことを諦めることだ。神に至る道は狭く、二人並んでは通れない。だから一人で行く。

日記の後半は乱れる。信仰による確信は薄れ、ただ会いたいという記述が増える。最後の日付の近くには、自分は間違っていたのかもしれないという意味の言葉がある。

作品は、それから十年後、ジュリエットとジェロームが交わす短い会話で終わる。ジュリエットは自分の生活を続けている。ジェロームは待っていると言い、何を、と問われて答えない。

作者

登場する文学史