一粒の麦もし死なずば
- 作者
- アンドレ・ジッド
- 成立
- 1926
- 国
- フランス
- 時代
- 20世紀以降
概要
厳格な家庭に育った少年が、自らの同性愛を自覚するまでを、赤裸々に告白した自伝である。
ジッドは、背徳者や狭き門で、道徳と欲望、自由と束縛の葛藤を描いた。この『一粒の麦もし死なずば』は、その葛藤の源にある、ジッド自身の生い立ちを、赤裸々に語った自伝にあたる。
ジッドは厳格なプロテスタントの家庭に生まれ育った。母の厳しい道徳的なしつけのもとで、少年ジッドは、罪の意識に、たえず苛まれていた。禁欲的な信仰と、抑えがたい肉体の欲望のあいだで、彼は、深く引き裂かれていた。
この自伝の衝撃はジッドが、自らの同性愛を、公然と告白した点にある。当時、同性愛は、社会的に、固く禁じられていた。ジッドはその禁忌を破り、北アフリカへの旅で、自らの性の目覚めを経験したことを、包み隠さず書いた。
題は新約聖書の言葉に由来する。「一粒の麦、もし地に落ちて死なずば、ただ一つにてあらん。もし死なば、多くの実を結ぶべし」。古い自分がいったん死ぬことによって、新しい豊かな生が生まれる。厳格な道徳に縛られた古い自分を捨て、本当の自分として生き直す。 その自己解放の記録が、この自伝である。
文学史における評価と影響
ジッドの自己を語った、最も重要な自伝であり、その文学の根源を明かす作品とされる。
この自伝の歴史的な意義は、同性愛を、公然と告白した勇気にある。二十世紀初頭、同性愛は、社会的なタブーだった。ジッドはその禁忌を破って、自らの性のあり方を、正直に語った。 これは、当時としては、きわめて大胆な行為であり、性の問題をめぐる文学の先駆的な達成となった。
主題は厳格な道徳からの自己解放である。ジッドは抑圧的なプロテスタントの信仰と、罪の意識のもとで育った。その束縛から自らを解き放ち、本当の自分として生きることを、彼は求めた。この自己解放の主題は背徳者をはじめとする、ジッドの文学全体を貫いている。
ジッド文学の源泉を知るうえで、この自伝は不可欠である。背徳者の道徳を捨てて欲望に生きる主人公も、狭き門の信仰のために愛を犠牲にする女性も、ジッド自身のなかの欲望と道徳の葛藤から生まれたことがこの自伝から分かる。
「誠実さ」への追求がこの作品を貫いている。ジッドは自分にとって最も不都合な真実さえも、隠さずに書こうとした。その徹底した自己開示の姿勢は、後の自伝文学や、告白の文学に、大きな影響を与えた。
内容
『一粒の麦もし死なずば』はジッドが、自らの幼年期から青年期までを回想した、自伝である。
ジッドはまずその生い立ちを語る。彼は厳格なプロテスタント(ユグノー)の家庭に、生まれた。父は早くに亡くなり、ジッドは、信仰の篤い母のもとで、厳しく育てられた。
母の道徳的なしつけはきわめて厳格だった。少年ジッドはたえず「罪」を意識させられ、自らの内なる欲望を、恥ずべきものとして、抑えつけるように、教え込まれた。 禁欲的な信仰と、抑えがたい肉体の欲求のあいだで、彼の心は、幼い頃から、深く引き裂かれていた。
ジッドはその少年時代の内面の苦しみを、赤裸々に書く。周囲の期待に応えようとする自分と、その裏で、抑圧された欲望に、ひそかに苛まれる自分。 敬虔さと、罪の意識と、孤独。
やがて青年になったジッドは、健康を害し、療養のため、北アフリカ(アルジェリア、チュニジア)へと旅する。
この灼熱の太陽と、開放的な風土のなかで、ジッドは、大きな転機を迎える。彼は自らの抑えがたい同性愛の欲望に、はっきりと目覚めるのである。 北アフリカの少年たちとの出会いを通じて、ジッドは、長年、自分を縛ってきた道徳の枷から、解き放たれていく。
ジッドはこの性の目覚めを、包み隠さず告白する。当時、社会的に固く禁じられていた同性愛を、公然と語ることは、大胆きわまる行為だった。だがジッドはあえてその禁忌を破る。自分にとって、最も不都合な真実さえも、正直に書くこと。 その徹底した誠実さこそが、この自伝の核心だった。
題名の「一粒の麦、もし死なずば」は、聖書の言葉である。古い自分がいったん死ぬことによって、初めて、多くの実を結ぶ、新しい豊かな生が生まれる。 厳格な道徳に縛られた、古い自分。それを捨て、本当の自分として、生き直すこと。
その自己解放への痛みを伴う道のりを、赤裸々な告白として刻んだのが、この自伝である。ジッドの文学のすべての源が、ここにある。