贋金つくり

原題
Les Faux-monnayeurs
作者
アンドレ・ジッド
成立
1926
フランス
時代
20世紀以降

概要

1926年に刊行された長篇小説である。ジッドは自分の他の作品を「レシ」——一人称で一つの立場を極端まで進める形式——と呼んで区別し、この一作だけを「小説」と呼んだ。

登場人物が多い。パリの三つの家族——プロフィタンディユ家、モリニエ家、ヴデル家——の子どもたちと、それを取り巻く大人が入り組む。視点は人物のあいだを移り、章によって語り手が変わる。

作中に小説家エドゥアールがいる。エドゥアールは『贋金つくり』という題の小説を書こうとしており、その構想と苦労を日記に書きつけている。読者はその日記を読む。つまり、いま読んでいる小説と同じ題の小説を書く人物が、その小説の中にいる。

題の贋金は二重の意味を持つ。作中で少年たちが実際に偽の貨幣を流通させる事件が起きる。同時に、偽の感情、借り物の思想、体面のための家庭といったものが、全篇にわたって扱われる。

ジッドは1919年から1925年にかけてこの作品を書いた。同じ時期、執筆の過程そのものを記録した『贋金つくりの日記』を並行して書いており、これは1926年に別途刊行された。作中のエドゥアールの日記と、作者自身の日記が、二重になっている。

素材には実際の事件が使われている。偽貨幣の事件も、少年が学校で自殺した事件も、当時の新聞記事にもとづく。ジッドは記事を切り抜いて保存していた。

ジッドは当時、雑誌『新フランス評論』——自身が創刊に関わった雑誌——を中心とする文学の場にいた。パサヴァン伯爵の造形には、当時の流行作家への批判が読み取られてきた。

刊行の翌年、ジッドはコンゴへ旅行し、植民地の実態を告発する『コンゴ紀行』を書いている。

文学史における評価と影響

小説の中に、その小説を書く小説家を入れる構造が最もよく論じられる。これを紋中紋という。紋章の中にその紋章自身が描かれる図案を指す語で、ジッド自身が日記の中でこの語を使った。

この構造によって、読者は二重の位置に置かれる。物語を追いながら、同時にそれがどう作られているかを見せられる。19世紀の小説が前提としてきた、作者が全体を見渡して読者に示すという形が崩される。

エドゥアールの立場も一貫していない。理論は述べるが小説は書けない。ボリスの死に立ち会いながら、それを作品に使えないと書く。理論家としてのエドゥアールを、作者が肯定しているのか批判しているのかは決まらない。

結末が閉じられない点も意図的である。ジッドは、小説は「終わる」のではなく「続く」べきだと考えた。最後の一行が新しい人物への関心で終わることで、話が切れずに残る。

この構造は20世紀後半の小説に受け継がれた。1950年代のヌーヴォー・ロマンは、小説がどう書かれるかを主題に含める点でこの系譜にある。

同時に、読みにくさも指摘される。人物が多く、関係が入り組み、視点が移る。ジッドの他の作品——背徳者狭き門——が短く筋の単純なレシであるのと対照的で、この一作だけが例外にあたる。

あらすじ

十七歳のベルナール・プロフィタンディユは、父の机の引き出しで古い恋文を見つけ、自分が母の不倫で生まれた子だと知る。手紙を残して家を出る。

友人オリヴィエ・モリニエの部屋に泊まる。オリヴィエは、伯父にあたる小説家エドゥアールがまもなくパリに戻ると話す。

ベルナールは駅でエドゥアールの手荷物預り証を盗み、トランクを開けて日記を読む。そこにはエドゥアールの計画と、周囲の人間についての観察が書かれている。ベルナールはエドゥアールの前に現れ、盗んだことを打ち明けたうえで、秘書に雇ってほしいと申し出る。エドゥアールは受け入れる。

エドゥアールは、かつての恋人ローラを助けようとしている。ローラは別の男と結婚したが、ヴァンサン・モリニエ——オリヴィエの兄——の子を身ごもり、捨てられていた。

ヴァンサンは金を作ろうとして賭博に手を出し、社交界のパサヴァン伯爵に取り込まれる。パサヴァンは流行作家で、若者を自分の周囲に集めては使い捨てる人物として書かれる。

オリヴィエは、伯父エドゥアールが自分ではなくベルナールを連れていったことに傷つき、パサヴァンに近づく。パサヴァンが創刊する雑誌の編集長にされる。

エドゥアールの日記が随所に挟まる。そこでエドゥアールは、自分の書こうとしている小説について考えている。現実をそのまま写す小説には限界がある。むしろ、現実と、それを小説にしようとする試みとのあいだの争いを書きたい。だがエドゥアールは書き進められない。構想ばかりが膨らんでいく。

エドゥアールはスイスの寄宿舎で、少年ボリスを預かることになる。祖父のもとへ連れて帰る。ボリスは神経が弱く、幼いころの習慣をめぐって強い罪の意識を持っている。

パリの中学で、少年たちが偽の貨幣を流通させる事件が起きる。裏にはストルヴィルーという大人がおり、少年たちに小遣いを渡して使わせている。

少年たちのあいだに「強者同盟」という集まりができる。度胸を試す会で、盟主はゲリダニソルという少年である。ゲリダニソルはストルヴィルーの甥で、他人を試すことに関心があり、良心の呵責を持たない。

ゲリダニソルは、ボリスを標的にする。同盟への加入試験として、教室で拳銃を頭に当てて引き金を引かせる。弾は入っていない、と告げる。実際には入っていた。

ボリスは教室で、全員の前で死ぬ。

事件の後、それぞれの線が閉じられる。ベルナールは家に帰り、父と和解する。オリヴィエはパサヴァンから離れ、エドゥアールのもとに戻る。エドゥアールは日記に、ボリスの死は自分の小説には使えないと書く。

最後の一行は、ベルナールの弟に会ってみたい、というエドゥアールの言葉である。話は閉じられずに終わる。

作者

登場する文学史