背徳者

原題
L'Immoraliste
作者
アンドレ・ジッド
成立
1902
フランス
時代
20世紀以降

概要

1902年に刊行された中篇小説である。初版はわずか三百部で、当初はほとんど読まれなかった。

主人公ミシェルは古文書を研究する若い学者で、書物のほかに関心を持たずに育った。結婚旅行で北アフリカに渡った先で結核にかかり、妻マルスリーヌの看病によって生き延びる。この病から回復する過程で、それまで意識したことのなかった身体の感覚と生の快さに気づく。以後ミシェルは、学問も財産も社会的な体面も次々に手放し、自分の欲望に従って生きようとする。

その結果として妻が結核にかかり、ミシェルの旅に連れ回されて死ぬ。全篇はミシェルが旧友三人に語る告白の形をとり、語り終えたところで終わる。ミシェル自身は自分の行いを弁護も反省もしない。

作者はこの作品を、後の狭き門と一対のものとして構想した。こちらが欲望の側の極端を、あちらが禁欲の側の極端を扱う。

ジッドは1869年、パリの裕福なプロテスタントの家に生まれた。父は法学者で、ジッドが十一歳のときに死去している。母のもとで厳格な信仰教育を受け、その規律と自分の欲望との衝突が生涯の主題になった。

1893年から翌年にかけて、ジッドは友人の画家と北アフリカを旅し、そこで結核にかかった。同じ旅で自分の同性への欲望を自覚したと、後の自伝一粒の麦もし死なずばに書いている。1895年、母の死の直後に従姉マドレーヌと結婚した。この結婚は精神的なものにとどまった。作品の骨格はこれらの経験から採られている。

刊行時のジッドはまだ無名で、初版三百部ははけなかった。評価が定まるのは第一次大戦後、ジッドが『新フランス評論』の中心にいた時期である。

作品には主人公を裁く言葉がない。序文でジッドは、これは告発でも弁護でもなく提示だと断り、読者に判断を委ねると書いた。この態度そのものが当時の批判の対象になった。

文学史における評価と影響

同じ主題が狭き門と対をなす。ミシェルは道徳を捨てて妻を死なせ、アリサは道徳を守り抜いて自分と恋人を損なう。ジッドはどちらの側にも与しない書き方を選んだ。この対の構成は、ジッドの作品を読む順序としてよく示される。

告白体の使い方も繰り返し論じられてきた。ミシェルは自分の行為を正当化しないが、後悔もしない。読者は語り手の判断に頼れず、事実の並べ方から自分で判断することになる。作中の語りをそのまま受け取れない構造は、後の贋金つくりでさらに徹底される。

同性愛の扱いについては、この作品では明示されない。ミシェルが少年たちに惹かれることは書かれるが、名指されない。ジッドがこの主題を正面から論じるのは1924年の対話篇『コリドン』で、これは当時強い非難を受けた。

「自由になりすぎて何をすればよいか分からない」という結びは、束縛を外すこと自体は目的になりえないという認識を示す。ミシェルが手に入れたものは幸福ではなく、行き先のない状態である。この構図は20世紀の個人をめぐる文学で繰り返し扱われた。

ジッドは1947年にノーベル文学賞を受賞した。翌1948年、その全著作がカトリック教会の禁書目録に載せられた。信者が読むことを禁じられる本の一覧で、1966年まで存続した制度である。

狭き門と合わせて一冊に収めた版がある。

あらすじ

冒頭に枠がある。北アフリカに引きこもったミシェルから手紙を受け取った旧友三人が訪ねてくる。ミシェルは三人を前に、自分がどうしてここに至ったかを語り出す。以下はその語りである。

ミシェルは考古学者の父のもとで育ち、二十代で古文書の研究者になった。父の死の間際、その望みに従って、ほとんど知らない娘マルスリーヌと結婚する。愛情から選んだ結婚ではない。

新婚旅行でチュニジアからアルジェリアへ渡る途中、ミシェルは喀血して倒れる。医師は結核と診断する。マルスリーヌが昼夜つきそって看病する。ミシェルは死を覚悟するが、やがて熱が下がり、快方に向かう。

回復のあいだ、ミシェルは自分が生きて呼吸していること自体に強い快さを覚える。日光を浴び、髭を剃り、体を鍛え、食べたものを味わう。同時に、宿の主人の連れてくるアラブ人の少年たちに惹かれる。少年の一人が鋏を盗むのを見ても咎めず、かえって好ましく思う。この場面が、以後ミシェルが向かう方向を示している。

健康を取り戻してフランスに帰り、ノルマンディーの領地に落ち着く。ミシェルはコレージュ・ド・フランスで講義を持ち、古代末期を論じるが、内容は次第に文明の崩壊を擁護するものになっていく。友人メナルクが現れ、所有も義務も捨てて生きる自分の流儀を語る。ミシェルはこれに強く影響される。

領地では、規則正しく働く小作人よりも、密猟をする少年ブートやその仲間に心を寄せる。ミシェルは自分の土地で自分の獲物を盗む密猟に加わり、それを面白がる。やがて領地の管理は破綻し、土地を売る。

その間にマルスリーヌは流産し、そこから結核にかかる。ミシェルは療養に適した土地に落ち着こうとせず、スイスから南イタリア、さらに北アフリカへと妻を連れて移動を続ける。寒暖の差と長い移動が病状を悪化させる。ミシェルは夜に一人で街に出て、妻を宿に残す。

マルスリーヌはアルジェリアのトゥーグールトで喀血して死ぬ。埋葬を終えたミシェルは動けなくなり、そこに留まったまま旧友を呼び寄せた。

語りの終わりでミシェルは、自分は自由になりすぎて何をすればよいか分からない、と言う。この地に留まっているのは、通ってくる少年の姉が来るからだとも打ち明ける。三人の友人は、何を助言してよいか分からないまま黙っている。

作者

登場する文学史