ゴリオ爺さん

原題
Le Père Goriot
作者
オノレ・ド・バルザック
成立
1835
フランス
時代
19世紀

概要

1834年から翌年にかけて雑誌に連載され、1835年に単行本が出た長篇小説である。

舞台はパリのヌーヴ=サント=ジュヌヴィエーヴ街にあるヴォケー館という安下宿である。冒頭で建物と住人が細かく描写される。壁の染み、家具の傷み、食堂の匂いまで書き込まれる。

住人のうち三人が中心になる。ゴリオは元製麺業者で、七十歳近い。ラスチニャックは南仏から出てきた法学生である。ヴォートランは正体不明の中年男で、実は脱獄囚である。

ゴリオは二人の娘に財産を注ぎ込み、自分は最上階の粗末な部屋に住んでいる。娘たちは金の必要なときだけ父を訪ねる。

ラスチニャックは、遠縁の伯爵夫人を頼って社交界に出入りするようになり、ゴリオの次女デルフィーヌに近づく。

『人間喜劇』は約九十篇からなる連作で、同じ人物が複数の作品にまたがって登場する。バルザックがこの仕組みを最初に本格的に使ったのがこの作品にあたる。

バルザックは1834年秋にこの作品を書いた。執筆中、既発表の作品の人物をここに再登場させることを思いつく。妹への手紙に、自分の作品が一つの体系になると書いている。

この仕組みは以後、連作全体に広げられた。ラスチニャックは他の複数の作品に現れ、後には大臣になる。ヴォートランは幻滅の末尾で再び登場し、続篇で警察の側に転じる。ボーセアン夫人も別の作品に出る。

連作全体に『人間喜劇』という総題が与えられるのは1842年である。ダンテの『神曲』——原題は「神聖な喜劇」にあたる——に対して、人間の側の喜劇という含みを持つ。

安下宿の描写には、バルザック自身の若いころの経験が反映しているとみられる。二十代のバルザックは屋根裏で暮らし、金に困っていた。

文学史における評価と影響

環境の描写から人物を導く書き方が、この作品で確立された。冒頭の数十ページは建物と家具の描写に費やされる。壁紙の柄、椅子の詰め物、食器の欠け。バルザックは、住む場所がその人間を説明すると考えた。下宿の階と家賃が身分を示し、ゴリオが上の階へ移っていく過程がそのまま零落を表す。

人物再登場の仕組みも、この作品から本格化する。同じ人物が別の作品に現れることで、一つ一つの小説が独立していながら、全体で一つの社会を作る。この方法は後の連作小説に受け継がれた。

ゴリオと娘たちの関係については、シェイクスピアのリア王との類似が古くから指摘されている。バルザック自身、作中でその名に触れている。違いは、リア王が王であるのに対し、ゴリオが製麺業で財を成した市民である点にある。金で娘を嫁がせ、金が尽きたところで用がなくなる。

ラスチニャックの結末も繰り返し論じられる。父の死を看取った直後、パリに向かって挑戦を宣言し、そのまま愛人のもとへ食事に行く。教訓は付かない。この青年が以後どうなるかは、他の作品で示される。

ヴォートランの造形も影響が大きい。社会の外側から仕組みを説明してみせる人物で、法や道徳を勘定として扱う。この型は後の小説に繰り返し現れた。

あらすじ

1819年、パリ。ヴォケー館には七人の下宿人がいる。家賃の額によって階が決まっており、上に行くほど安く、部屋も粗末になる。

ゴリオは四年前に入居したとき、最も高い階の部屋にいた。以後、年ごとに上の階へ移り、いまは最上階の屋根裏にいる。銀器を売り、身なりは擦り切れている。若い女が時々訪ねてくるため、下宿人たちは老人が女に金を使っていると噂している。

法学生ウジェーヌ・ド・ラスチニャックは、南仏の貧しい貴族の家から出てきた。母と妹たちが送金を切り詰めている。

ラスチニャックは、遠縁にあたるボーセアン子爵夫人を頼って社交界に入る。夫人は、パリで成り上がるには何が必要かを教える。感情を持たず、人を駅馬車の馬のように乗り潰せ、と言う。夫人自身、長年の愛人に捨てられようとしている。

そこでラスチニャックは、ゴリオを訪ねてくる女たちが、その娘だと知る。長女アナスタジーは伯爵夫人、次女デルフィーヌは銀行家男爵の妻である。二人とも父の金で嫁ぎ、いまは父を恥じて表向き関係を断っている。

同じ下宿のヴォートランが、ラスチニャックに取引を持ちかける。同じ下宿に、資産家に認知されていない娘ヴィクトリーヌがいる。その兄が死ねば、この娘に莫大な遺産が入る。ヴォートランは、決闘を仕組んで兄を殺してやると申し出る。見返りに二十万フランを要求する。

ラスチニャックは断る。だがヴォートランは勝手に実行する。兄は決闘で刺され、瀕死になる。

同じ日、警察が下宿に踏み込む。ヴォートランは脱獄囚ジャック・コランで、通称「だまし屋の親玉」だった。下宿人の一人が密告していた。ヴォートランは肩の焼き印を暴かれ、連行される。

ラスチニャックはデルフィーヌの愛人になる。デルフィーヌは夫に財産を握られており、自由になる金がない。ゴリオはさらに金を出し、二人のために部屋を借りる。

ある日、二人の娘が同時に父のもとへ来る。長女は愛人の借金のため、次女は夫との争いのため、それぞれ金を求める。ゴリオはもう出すものがない。二人は父の前で言い争う。ゴリオは卒中で倒れる。

ゴリオは死の床で娘たちを呼ぶ。二人とも来ない。長女は夫との問題で、次女は舞踏会の支度で動けない。

ゴリオはうわごとを言う。娘たちを呪い、次の瞬間には呼び、金があれば来ただろうと言う。父親であることは何の権利にもならない、と口にする。

看取るのはラスチニャックと医学生のビアンションだけである。埋葬の費用も二人が工面する。娘たちは葬儀に来ず、紋章入りの空の馬車だけが送られてくる。

ペール=ラシェーズ墓地で埋葬を終えたラスチニャックは、丘の上からパリを見下ろす。灯りのともり始めた街に向かって、さあ勝負だ、と言う。そしてデルフィーヌの家へ夕食に向かう。

作者

登場する文学史