諸世紀の伝説
- 原題
- La Légende des siècles
- 作者
- ヴィクトル・ユゴー
- 成立
- 1859
- 国
- フランス
- 時代
- 19世紀
概要
1859年に第一集が刊行された叙事詩集である。1877年に第二集、1883年に第三集が加わり、全体で百五十篇あまりになる。
構想は人類の歴史全体を詩で扱うというものだが、連続した物語としては書かれない。各時代から一つの場面か一人の人物を選び、それぞれ独立した詩にする。それを年代順に並べることで、全体の流れを浮かび上がらせる。ユゴーは序文でこの方法を、壁に次々と光を当てるようなものだと説明した。
配列は聖書の時代から始まり、古代、中世、近代を経て、未来に及ぶ。ただし各集の内部では年代順が乱れる箇所もあり、第二集以降は既存の配列に割り込む形で詩が追加された。
ユゴーはこの詩集を亡命中に書いた。1851年12月、大統領ルイ=ナポレオンが軍を動かして議会を解散させ、翌年に皇帝ナポレオン三世として即位した。これに反対したユゴーは国外に逃れ、ベルギー、ジャージー島を経てガーンジー島に落ち着いた。帰国は1870年で、亡命は十九年に及ぶ。
この時期はユゴーの創作が最も集中した時期にあたる。静観詩集、この詩集、レ・ミゼラブルが、いずれもガーンジー島で書かれた。
第一集の刊行時、ユゴーはこれをより大きな構想の一部と考えていた。宇宙と歴史と人間を三部で扱う計画があり、他の二部にあたる『神』と『サタンの終り』は未完のまま遺稿として残った。この詩集自体は生涯にわたって書き継がれ、最後の第三集はユゴーの死の二年前に出ている。
文学史における評価と影響
叙事詩は本来、一つの筋を長く語る形式にあたる。ホメロスもウェルギリウスもそうである。この詩集はその形を取らず、断片を並べて全体を暗示する。19世紀に古典的な叙事詩を書くことがすでに難しくなっていた状況で、ユゴーが選んだ解決策として論じられてきた。
ユゴーの詩は雄弁で誇張が多いと批判されることが多いが、この詩集の評価だけは高い。理由として挙げられるのが、議論ではなく映像で示す点である。カインを追う闇の中の目、ボアズの腹から生える樫の木、麦畑の上の三日月。いずれも説明が付かず、映像だけが置かれる。
進歩の思想が全体を貫いている。暴政の暗黒から光へ向かうという見立てで、19世紀の共和主義の信念にあたる。同時代の政治への批判を過去に仮託する書き方も、亡命中の詩人にとっては必要な迂回だった。
「良心」「貧しい人々」「眠れるボアズ」は、フランスの学校で長く暗唱されてきた。詩集全体を通読する読者は多くないが、個々の詩は広く知られている。
日本語では抄訳しかなく、全訳は出ていない。
内容
聖書の時代。冒頭近くに置かれた「良心」がよく知られる。弟アベルを殺したカインが、神の目から逃れようとして逃げ続ける。天幕を張り、都市を築き、青銅の塔を建て、最後は地下に穴を掘って石で塞ぎ、その中に入る。闇の中で目を開くと、そこに目があってカインを見ている。全五十行ほどで、説明はいっさい付かない。
古代。ギリシア、ローマの神話と歴史の人物が扱われる。
中世がこの詩集で最も量が多い。騎士、封建領主、遍歴の勇者。「貧しい人々」は、嵐の夜に漁師の妻が、死んだ隣人の遺児二人をこっそり連れ帰り、夫にどう言うか迷っている話である。帰ってきた夫は事情を聞き、自分から引き取ろうと言い出す。妻は黙って寝床の垂れ幕を開けてみせる。
「眠れるボアズ」は、この詩集で最も高く評価されている一篇にあたる。旧約聖書のルツ記に題材をとる。老いたボアズが刈り入れの後の麦畑で眠り、夢を見る。その腹から樫の木が生え、天へ伸びていく。木の下方には王たちが、上には十字架にかけられた神が現れる。ボアズは、自分は年老いて子もないのに、と夢の中で問う。場面は夜の麦畑に戻り、最終行で空を見上げる。三日月を、刈り入れをした誰かが星の野に投げ捨てた黄金の鎌にたとえる一行で終わる。
近代。王侯、征服者、圧政者が扱われる。「小さな王たち」の系列では、権力を持つ者の残虐が繰り返し描かれる。同時代のナポレオン三世への批判も、過去の暴君に仮託する形で含まれる。
未来。最後に置かれた詩群では、人類が圧政を脱して光に至る日が展望される。