静観詩集
- 原題
- Les Contemplations
- 作者
- ヴィクトル・ユゴー
- 成立
- 1856
- 国
- フランス
- 時代
- 19世紀
概要
1856年に刊行された詩集である。全六巻、百五十六篇を収める。ユゴーの詩集のうち最も評価が高い。
構成に仕掛けがある。詩集は「昔」(1830-1843)と「今日」(1843-1855)の二部に分けられ、その境目に1843年が置かれる。ユゴーの娘レオポルディーヌが溺死した年である。ユゴー自身が序文で、これは「墓によって二つに分かたれた書物」だと書いた。
前半には若い日の詩が入る。少年時代の記憶、恋、自然、そして古典主義との文学上の争い。後半には娘の死をめぐる詩、亡命の日々、そして死と神を扱う長い詩が入る。同じ詩人の同じ一冊のなかで、調子が途中から変わる。
序文にはもう一つ断りがある。「これは一つの魂の回想録だと言ってよい」「私について語るとき、私はあなたについて語っている」。個人の記録として書きながら、読者一般の経験として読ませる意図が示されている。
1843年の娘の死を、ユゴーは旅先のカフェで新聞を読んで知った。以後の数年、詩をほとんど発表していない。この時期に書きためた詩が、後にこの詩集の後半になる。
1851年のクーデタ後、ユゴーはパリを離れた。パスポートは偽名で、当初はベルギーに逃れている。その後イギリス領のジャージー島に移り、追放されてガーンジー島に移った。1859年にナポレオン三世が恩赦を出したときも、ユゴーはこれを受けず、自由が戻るまで帰らないと表明した。
亡命期はユゴーの創作が最も集中した時期にあたる。この詩集のほか、諸世紀の伝説とレ・ミゼラブルが同じ島で書かれた。詩集の刊行で得た収入で、ユゴーはガーンジー島に家を買っている。
刊行にあたり、ユゴーは収録詩の日付を実際と変えている。娘の死を境に前後を分ける構成を成立させるため、後に書いた詩を1843年より前の日付にしたものがある。この操作は後の研究で明らかになった。
文学史における評価と影響
死んだ子を主題とする詩は多いが、この詩集の場合は一冊の構造そのものが喪失を示す。詩を並べる順序と、その中間に置かれた空白が意味を持つ。詩集を一つの作品として組み立てるという考え方は、同じ時期の悪の華にも見られ、19世紀後半の詩集編集に影響した。
「明日、夜明けに……」は、抑制によって効果を出す例として教えられてきた。ユゴーの詩は雄弁で誇張が多いと批判されることが多く、この一篇はその評価の反例として引かれる。
「言葉についての返答」は、ロマン主義の言語観を示す文書として扱われる。詩に使える語と使えない語の区別を撤廃したという主張は、ユゴー一人の功績ではないが、これを政治的な比喩で言い切ったことが記憶された。
第六巻の幻視的な詩は、生前は理解されにくかった。ユゴーを政治的な詩人、あるいは雄弁な詩人として読む見方が長く優勢で、この部分が本格的に論じられるのは20世紀に入ってからである。
日本語では抄訳が中心で、全訳は少ない。
内容
第一巻「曙」から第三巻「闘い」までが前半にあたる。
第一巻には子どもの詩、学校の詩、自然の詩が入る。第二巻は恋を扱う。第三巻には文学上の主張が入り、なかでも「言葉についての返答」がよく引かれる。古典主義の詩は語彙に階級を設けており、高貴な語と卑俗な語を区別して、後者を詩に用いなかった。ユゴーはこの区別を壊したことを、革命の比喩で誇る。「私は言葉に赤い帽子をかぶせた」——赤い帽子はフランス革命の象徴である。
第四巻「わが娘」が後半の入口にあたる。1843年9月4日、レオポルディーヌは結婚して半年後、セーヌ河口のヴィルキエで舟が転覆して溺死した。十九歳だった。夫も助けようとして死んでいる。
この巻に収められた「明日、夜明けに……」は、フランスで最もよく暗唱される詩の一つにあたる。全三聯十二行で、夜明けに出発し、森を越え、野を渡り、日が暮れるころに着いて、柊と花の束を墓に置く、という道行きだけを書く。娘の名も、死も、墓という語すら出てこない。誰に向かって語っているかは、詩集の配置と巻の題からしか分からない。
第五巻「街道にて」は亡命を扱う。1848年に成立した共和政で大統領に選ばれたルイ=ナポレオンは、任期切れを前にした1851年12月、軍を動かして議会を解散させ、翌年に皇帝ナポレオン三世として即位した。この政変に反対したユゴーは国外へ逃れ、ブリュッセル、ジャージー島、ガーンジー島と移った。帰国は1870年で、亡命は十九年に及ぶ。この巻には海と孤独の詩、そして権力への攻撃が入る。
第六巻「深淵のふちで」は死と神と宇宙を扱う。ユゴーは亡命地で降霊術の会に加わっており、死者から言葉を受け取ったと信じていた時期がある。巻末に置かれた長篇詩「闇の口が語ったこと」は、深淵から響く声が、宇宙の成り立ちと悪の由来を語る形をとる。