感情教育
- 原題
- L'Éducation sentimentale
- 作者
- ギュスターヴ・フローベール
- 成立
- 1869
- 国
- フランス
- 時代
- 19世紀
概要
1869年11月に刊行された長篇小説である。全三部。フロベールは1845年にも同じ題の小説を書いているが、これは生前に刊行しておらず、別の作品にあたる。
扱われるのは1840年から1867年までのパリで、1848年の二月革命をはさむ。主人公は地方から出てきた法学生フレデリック・モローで、十八歳から四十代半ばまでが追われる。
刊行時は売れず、批評もほとんどが否定的だった。読まれるようになるのは20世紀に入ってからで、現在はフロベールの代表作の一つとして扱われている。
フロベールは1864年から1869年にかけてこの作品を書いた。ボヴァリー夫人とサランボーの後にあたる。
執筆にあたって、1848年前後の資料を大量に集めた。新聞、回想録、当時の証言。街路の様子、群衆の動き、日付ごとの出来事が、事実に沿って書き込まれている。フロベールは自分でも二月革命の日にパリにおり、その記憶も使っている。
アルヌー夫人の造形には、フロベールが十四歳の夏、トゥルーヴィルの海岸で出会ったエリザ・シュレザンジェの記憶が反映しているとされる。年上の人妻で、フロベールは長く手紙のやりとりを続けた。
当時の批判は、筋がなく、主人公に魅力がなく、何も起きないという点に集中した。フロベールは友人への手紙で落胆を述べている。
翌1870年に普仏戦争が起き、フロベールの家にプロイセン兵が駐留した。フロベールは1880年に死去している。
文学史における評価と影響
成長小説の型を裏返した作品として扱われる。青年が地方から都会へ出て、恋と挫折を経て何者かになる、という型が19世紀の小説の主流にあった。この作品では、青年は何者にもならない。
構成の面では、事件が組み立てられていない点が指摘される。恋は成就せず、革命には関わらず、事業も失敗する。決定的な場面が来そうになると、そのたびに外される。マリーとの約束の日に革命が起き、革命の決定的な日にフレデリックは森にいる。
この書き方は、刊行当時は欠点とされた。20世紀に入って評価が逆転する。プルーストがフロベールの文体を論じ、時間の扱いを高く評価した。第五章と第六章のあいだに置かれた「彼は旅をした」で始まる数行——ここで十数年が一気に飛ぶ——は、小説における時間の省略の例として繰り返し引かれている。
1848年革命の記録としても読まれる。同時代の証言に沿って書かれており、革命の高揚から六月蜂起の鎮圧、そして帝政への移行までが、党派の言葉とともに書き込まれている。
結末の扱いも論じられる。人生を振り返って最も良かったのは、何も起きなかった少年の日だった、という会話で終わる。二十年以上を追ってきた作品が、その全部を否定する形で閉じられる。
あらすじ
1840年9月、十八歳のフレデリックは、パリからノジャンへ帰る船に乗っている。甲板で、四十歳ほどの美術商アルヌーと、その妻マリー・アルヌーを見かける。フレデリックはこの女性に一目で心を奪われる。
パリで法律を学ぶことになる。友人デローリエは貧しく、野心があり、二人で世に出ようと語り合う。
フレデリックはアルヌー家に出入りするようになる。アルヌーは陽気で商売好きで、妻以外の女とも関係を持っている。マリーは家庭を守っており、フレデリックの想いに気づいても応じない。
伯父の遺産が入り、フレデリックは金持ちになる。社交界に出て、銀行家ダンブルーズ夫妻に近づく。アルヌーの愛人だったロザネットとも関係を持つ。
学業は途中でやめる。絵を描こうとしてやめる。小説を書こうとしてやめる。政治に関わろうとしてやめる。
1848年2月、革命が起きる。フレデリックは街の様子を見に行くが、思想も立場もない。同じ日、マリーと初めて二人だけで会う約束をしていた。マリーは子が病気になって来られない。フレデリックは待ちくたびれ、代わりにロザネットを連れて宿に行く。
外では市街戦が続いている。フレデリックはロザネットと田舎へ避暑に行く。フォンテーヌブローの森を散策しているあいだ、パリでは六月蜂起が起き、数千人が殺されている。二人はそれを新聞で知り、パリに戻る。
戻ってみると、友人の一人が瀕死になっている。もう一人の旧友が、蜂起の側にいた男を撃っていた。
フレデリックはダンブルーズ夫人とも関係を持つ。夫人の夫が死に、遺産が入ると思われたが、遺言で全額が姪に渡っていた。
ダンブルーズ夫人は、破産したアルヌー家の差し押さえ品の競売で、マリーの持ち物を買おうとする。フレデリックはそれを見て夫人と別れる。
アルヌー家は破産し、地方へ去る。
1867年。フレデリックは四十代半ばになっている。ある日、白髪になったマリーが訪ねてくる。二人は昔話をする。マリーは帽子を取り、白くなった髪を見せる。そして髪を一房切ってフレデリックに渡し、帰っていく。フレデリックは追わない。
最後の章で、フレデリックとデローリエが昔を振り返る。二人は、少年のころ、町の娼家に行こうとして入口で怖気づき、逃げ帰った日のことを話す。あれが一番よかった、と二人は言い合う。これが作品の最後の言葉になる。