よき歌
- 作者
- ポール・ヴェルレーヌ
- 成立
- 1870
- 国
- フランス
- 時代
- 19世紀
概要
婚約者への愛と、幸福な結婚への希望をうたった、明るい詩集である。
ヴェルレーヌは、土星人の歌の憂鬱や、後年の言葉なき恋歌の彷徨で知られる。だがこの『よき歌』は、その彼の生涯で、最も明るく、平穏な時期の作品にあたる。
この詩集を書いたとき、ヴェルレーヌは、マチルド・モーテという少女と、婚約していた。放縦な生活を送り、酒に溺れがちだった詩人は、この清らかな少女との出会いによって、生まれ変わろうとしていた。マチルドへの愛が荒んだ彼の生活を、正し、幸福な家庭への希望を、抱かせたのである。
詩集にはそのマチルドへの優しく、純粋な愛が、うたわれる。婚約者への思慕、二人で歩む未来への夢、そして彼女によって救われようとする、詩人の願い。 憂鬱や、退廃の影は、ここにはない。
代表的な一節に、「白い月が、森に照る」という、静かで美しい情景の歌がある。ヴェルレーヌ特有の繊細な音楽性は、この明るい愛の歌にも、生きている。
だがこの幸福は長くは続かなかった。結婚後まもなく、詩人ランボーとの出会いが、ヴェルレーヌの生活を、破滅へと、引きずり込んでいく。 その意味で、この詩集は、束の間の失われる幸福の記録でもある。
文学史における評価と影響
ヴェルレーヌの最も明るい時期を代表する詩集であり、その多面的な詩業のなかで、独特の位置を占める作品とされる。
ヴェルレーヌの詩の歩みは、劇的である。土星人の歌の憂鬱、この『よき歌』の幸福、言葉なき恋歌の彷徨、そして叡智の悔悟。その振幅の大きさがヴェルレーヌの詩の特徴である。 この『よき歌』は、その束の間の幸福の頂点にあたる。
主題は純粋な愛と、救済への希望である。放縦な生活を送っていた詩人が、清らかな少女との愛によって、正しい生へと、立ち直ろうとする。その幸福への切実な願いが、詩集を、明るく満たしている。
繊細な音楽性はこの詩集にも、生きている。ヴェルレーヌの詩は「何よりもまず音楽を」という理念のもとに、言葉の響きと、やわらかなリズムを、重んじる。「白い月」の歌のような、静かで美しい情景の描写は、その音楽性の一つの結晶である。
一方この幸福がまもなく、ランボーとの出会いによって、破滅へと転じることを、後世の読者は、知っている。そのため、この明るい愛の歌集は、失われる幸福への痛切な予感とともに、読まれてきた。 ヴェルレーヌの生涯の光の部分を伝える、貴重な詩集にあたる。
内容
詩集『よき歌』はヴェルレーヌが、婚約時代に書いた、愛の詩集である。
この詩集が書かれたとき、ヴェルレーヌは、人生の大きな転機を、迎えていた。彼はそれまで、酒に溺れ、放縦で、荒んだ生活を、送っていた。だがそんな彼の前に、マチルド・モーテという、清らかな少女が、現れる。
ヴェルレーヌはこのマチルドに、深く恋をし、婚約する。そして彼は心から、願う。この純粋な少女との幸福な結婚によって、荒んだ自分の生活を、正し、まっとうな人間として、生まれ変わりたい、と。
『よき歌』の詩は、その幸福への希望に、満ちている。
うたわれるのは婚約者マチルドへの優しく、純粋な思慕である。彼女の面影、彼女と過ごす時間の喜び、そして二人で歩んでいく、未来への夢。憂鬱や、退廃や、倦怠といった、ヴェルレーヌの他の詩集を彩る影は、ここには、ほとんど見られない。 あるのは、澄んだ愛と、明るい希望である。
詩集のなかの名高い一篇では、婚約者との散歩の情景が、うたわれる。「白い月が、森に照っている。枝々から、声が、洩れてくる……」。月の光に照らされた、静かな夜の森。その美しく、平穏な情景に、詩人は、恋人と分かち合う、幸福の予感を、託す。ヴェルレーヌ特有の繊細で、音楽的な言葉が、この静けさを、美しくうたいあげる。
やがて二人は結婚する。ヴェルレーヌはひととき、その願った幸福を、手に入れたかに見えた。
だがその幸福は長くは続かなかった。結婚の翌年、ヴェルレーヌは、若き天才詩人ランボーと、出会う。 そしてランボーとの激しく、破滅的な関係に、引きずり込まれ、彼は、妻マチルドを、そしてこの詩集にうたった幸福を、すべて、失っていくことになる。
清らかな愛と、生まれ変わりへの希望をうたった、束の間の幸福の記録。その明るくもはかない光を刻んで、この詩集は、ヴェルレーヌの生涯のなかで、独特の輝きを、放っている。