カンタベリー物語

原題
The Canterbury Tales
作者
ジェフリー・チョーサー
成立
1387頃-1400
イギリス
時代
中世

概要

14世紀末に書かれた物語集である。チョーサーの代表作で、未完のまま作者は死去した。

枠組みが設けられている。ロンドン郊外の宿屋に、聖地カンタベリーへの巡礼を目指す、さまざまな身分の人々が集まる。騎士、粉屋、女子修道院長、バースの女房、免罪符売り、托鉢僧など、当時の社会の各層を代表する三十人ほどである。宿の主人が、退屈しのぎに、道中でそれぞれ物語を語ることを提案する。行きと帰りに二話ずつ、計百二十話を語り、最も優れた話をした者に、帰りの食事をおごる、という趣向である。

この計画は、実現しなかった。現存するのは、二十四の物語である。だが、その多様さは際立っている。騎士道恋愛物語、下品な笑話、聖人伝、動物寓話、道徳説話。語り手の身分と性格に応じて、話の内容も文体も、大きく変わる。

ボッカッチョデカメロンと同じく、枠物語の形式をとる。だが、語り手一人ひとりに、鮮明な個性が与えられている点が、際立っている。

チョーサーは1340年ごろの生まれ。宮廷に仕える役人であり、外交使節としてイタリアを訪れ、ダンテボッカッチョの作品に触れた。この作品の枠物語の形式は、デカメロンの影響を受けているとされる。

執筆は、1387年ごろから、1400年の死まで続いた。チョーサーは、この作品を完成させることができなかった。 全体の構想の四分の一ほどが書かれたにとどまる。物語の配列も、写本によって異なり、作者が最終的にどう並べようとしたかは、確定していない。

この作品が画期的だったのは、中英語——当時のロンドンの話し言葉——で書かれた点である。当時、格式ある文学は、ラテン語かフランス語で書かれるのが普通だった。宮廷はフランス語を使っていた。チョーサーが、あえて英語で、これだけの規模の文学作品を書いたことは、英語を文学の言語として確立するうえで、決定的な意味を持った。

文学史における評価と影響

「英文学の父」と呼ばれるチョーサーの最も重要な作品である。英語による文学の伝統は、事実上、この作品から始まる。

言語の面での貢献が、まず大きい。ロンドンの中英語で書かれたこの作品が広く読まれたことは、後の標準英語の形成に、影響を与えた。英語を、文学に値する言語として確立した点で、この作品の意義は大きい。

内容の面では、当時の社会の全体像を、生き生きと描き出したことが評価される。総序に描かれる巡礼者たちは、中世末期のイングランド社会のあらゆる階層を代表している。個々の人物が、類型でありながら、同時に、鮮明な個性を持つ。 この人物造形の巧みさが、この作品を、単なる物語の寄せ集めから、区別している。

枠物語としての構造も、精巧である。語り手の人物像と、その語る物語が、互いを照らし合う。免罪符売りが「金銭欲は諸悪の根源」と説くとき、その偽善が、物語に皮肉な陰影を与える。語る者と、語られる物語の関係そのものが、この作品の主題の一つになっている。

諷刺の精神も、この作品を特徴づける。とりわけ、聖職者への諷刺は鋭い。腐敗した托鉢僧、金儲けに走る免罪符売り。教会の堕落を、チョーサーは、辛辣に、しかし笑いを込めて描く。この批判精神は、後の宗教改革の気運とも通じる。

日本でも訳が読める。中英語の韻文だが、散文訳で全体を読むことができる。総序と、粉屋の話、バースの女房の話などが、とくによく読まれる。

あらすじ

作品は、有名な「総序」から始まる。四月、春の訪れとともに、人々は巡礼へと心を誘われる。語り手(チョーサー自身を思わせる人物)は、ロンドン郊外の宿屋タバードで、カンタベリーへ向かう巡礼の一行に加わる。

総序では、巡礼の一人ひとりが、生き生きと紹介される。理想的な騎士。世俗的で色事好きな女子修道院長。金儲けに長けた托鉢僧。何度も結婚を重ねてきた、バースの女房。偽の聖遺物を売る、免罪符売り。チョーサーは、各人の服装、癖、生業を、鋭い観察と、温かい、あるいは辛辣な諷刺を込めて描く。 この総序は、中世イングランド社会の一大パノラマになっている。

宿の主人の提案で、物語比べが始まる。くじで、最初に騎士が指名される。騎士は、古代アテネを舞台にした、格調高い恋愛物語を語る。二人の騎士が、一人の女性をめぐって争う、騎士道物語である。

続いて、酔った粉屋が、順番を無視して割り込む。粉屋が語るのは、大工の若い妻をめぐる、下品で滑稽な姦通の笑話である。騎士の高雅な物語と、粉屋の卑俗な笑話が、対照をなす。この対照が、この物語集の魅力の一つになっている。

以後、さまざまな語り手が、物語を語る。バースの女房は、五人の夫を渡り歩いた自らの半生を、長々と前置きしてから、女が結婚生活で主導権を握ることの是非をめぐる物語を語る。免罪符売りは、自らが、いかに人々を騙して金を巻き上げているかを、悪びれずに告白したうえで、「金銭欲は諸悪の根源である」という説教物語を語る。語り手の人物像と、その語る物語が、複雑に響き合う。

物語は、多彩に続く。だが、当初の計画には遠く及ばず、一行がカンタベリーに着く前に、作品は途切れる。最後は、教区司祭による、長い散文の説教で結ばれ、続いて、チョーサー自身が、俗世的な作品を書いたことを悔いる「撤回」の言葉が置かれる。

作者

登場する文学史