ミドルマーチ
- 原題
- Middlemarch
- 作者
- ジョージ・エリオット
- 成立
- 1871-1872
- 国
- イギリス
- 時代
- ヴィクトリア朝
概要
1871年から1872年にかけて分冊で刊行された長篇小説である。作者ジョージ・エリオットは、メアリー・アン・エヴァンズという女性が使った男性名の筆名にあたる。副題は「地方生活の研究」という。
舞台はミドルマーチという架空のイングランドの地方都市である。主人公を一人に絞らず、多くの人物の人生が並行して進み、それらが互いに影響し合う。ある人物の金の工面が別の人物の縁談を左右し、町の選挙が医師の立場を変える。町全体が一つの生き物のように書かれている。
軸になるのは二人である。社会の役に立つ生き方を望む若い女性ドロシア・ブルックと、医学を改革しようとしてこの町へ来た若い医師リドゲイト。二人とも大きな理想を抱いており、二人ともそれを実現できずに終わる。
ジョージ・エリオット、本名メアリー・アン・エヴァンズは1819年の生まれである。当時屈指の知識人で、哲学と宗教に深い造詣を持ち、ドイツの神学書を英訳してもいる。既婚の男性思想家と事実上の夫婦として暮らしたことは、当時の社会では醜聞だった。男性名を使ったのは、女性の書いたものが正当に評価されない時代の事情による。
この作品は当初、別々の二つの物語として構想されていた。リドゲイトを中心とする「ミドルマーチ」と、ドロシアを中心とする「ブルック嬢」である。書き進めるうちに両者を一つにまとめ、そのことで地方都市の社会全体を描く構想が実現した。
分冊で刊行されたのは、長すぎて通常の三巻本に収まらなかったためである。二か月ごとに一冊ずつ、全八冊で出された。
文学史における評価と影響
イギリスの写実主義小説の頂点とされる。20世紀の作家ヴァージニア・ウルフは、大人のために書かれた数少ない英国小説の一つだと評した。
達成の第一は心理描写の深さにある。エリオットは登場人物の内面を、その自己欺瞞や動機の入り組み方まで含めて書く。なぜ人は誤るのか、理想はなぜ現実のなかで挫けるのか。その問いを、突き放しもせず甘やかしもせずに追っていく。
主題は理想と現実のぶつかり合いである。ドロシアもリドゲイトも世界を良くしようとした。だがその志は、結婚の失敗、社会のしがらみ、金銭の問題によって少しずつ削られる。英雄的な達成ではなく、平凡な生活のなかの小さな善に価値を見出す視点が、この作品を成熟したものにしている。
末尾の一節が名高い。世の中が少しずつ良くなっているのは、歴史に名を残さない行いのおかげであり、それは誰も訪れない墓に眠る人々によるものだ、という趣旨で閉じられる。ドロシアの生涯が失敗ではなかったことを、そこで示している。
女性の置かれた状況への視線も鋭い。ドロシアの才能と意欲は、女性であるという理由だけで行き場を失う。序文では、才能を持ちながら何もできずに終わった無数の女性が、聖女テレサになりそこねた人々として語られる。この問題意識は作者自身の経験とも重なる。
日本での知名度は、他のヴィクトリア朝小説に比べると高くない。長大で、事件らしい事件が起きないためである。だが英文学の最高峰の一つとしての評価は揺るがない。翻訳がある。
あらすじ
ドロシア・ブルックは聡明で、意味のある人生を送りたいと願っている。だが当時の女性に開かれた道は限られていた。学問を助けることに生きがいを見出そうとして、年の離れた学者カソーボンと結婚する。
この結婚は失敗だった。カソーボンが生涯をかけている研究は、すでに時代遅れで、完成の見込みもない。しかも本人がそれをうすうす自覚しており、そのぶん妻に対して狭量になる。ドロシアが若い親戚のウィル・ラディスローと話すことを嫉妬し、自分の死後に二人が結婚すれば遺産を渡さない、という条項を遺言に加えた。まもなくカソーボンは死ぬ。
もう一つの軸が医師リドゲイトである。最新の医学でこの土地の医療を変えるつもりで赴任した。だが町の医師たちは新参者を警戒し、患者は聞いたことのない治療法を嫌がる。そのうえリドゲイトは、美しいが虚栄心の強いロザモンドと結婚した。ロザモンドは夫の理想に関心がなく、暮らしの水準を落とすことを承知しない。借金がかさみ、その返済のために地元の有力者に頭を下げることになる。改革の志はそこで潰えた。
この二人の周囲で、無数の人生が絡み合う。銀行家バルストロードが隠していた過去が明るみに出る。若い恋人たちが結ばれ、あるいは離れる。選挙が町を割る。それぞれが独立した話ではなく、互いに影響を与え合いながら進む。
結末で、ドロシアは亡き夫の遺言を無視し、財産を失うことを承知でウィルと結婚する。だがその後の人生は、若い日に夢見たような輝かしいものではない。政治家の妻として、また母として、静かに暮らす。リドゲイトは医学の研究を諦め、裕福な患者を相手にする医師として世間的には成功しながら、五十歳になる前に死ぬ。大きな理想は、どちらも実現されない。