風の歌を聴け

作者
村上春樹
成立
1979
日本
時代
現代

概要

村上春樹の最初の小説である。短く、四十の断章からなる。

筋らしい筋はない。語り手「僕」が、故郷の港町で過ごすひと夏の出来事が、断片的に並ぶ。大学生の「僕」は、夏休みに帰省し、友人「鼠」とバーで酒を飲み、小指のない女と知り合い、また東京へ戻る。それだけである。

新しかったのは、文体だった。

短い文。乾いた比喩。感傷を避け、突き放した書き方。「完璧な文章などといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。」——冒頭のこの一文が、その調子を示している。

当時の日本の小説は、私小説の湿った告白か、政治的な重さを引きずるものが多かった。村上の文章は、そのどちらでもなかった。軽く、都会的で、アメリカの小説を訳したような響きがある。村上自身、英語で書いてから日本語に訳す、という方法で文体を作ったと述べている

作中には、架空のアメリカ人作家「デレク・ハートフィールド」への言及が繰り返される。実在しない作家を、実在するかのように語る。 この虚実の混ぜ方も、後の村上作品に続く。

この作品と、続く『1973年のピンボール』『羊をめぐる冒険』で「鼠三部作」をなす。

文学史における評価と影響

日本の現代小説の文体を変えた作品とされる。

村上は、この作品で1979年の群像新人文学賞を受けた。当時、村上はジャズ喫茶を経営しており、店の営業後に書いたという。選考では評価が割れた。 従来の日本文学の基準からは、内容が希薄で、外国かぶれに見えた。だが、その新しさを認める声が勝った。

影響は、若い書き手に急速に広がった。感傷を排した短い文、都会的な感覚、固有名詞(音楽、酒、ブランド)の多用。この文体は、以後の日本の若い小説家に繰り返し模倣された。 「村上春樹的」という形容が、一つのスタイルを指すようになる。

背景に、翻訳の影響がある。村上は、フィッツジェラルド、カポーティ、そしてヴォネガットやブローティガンといったアメリカの作家を愛読していた。その乾いた語り口を、日本語に持ち込んだ。 日本の私小説の伝統を意識的に断ち切った点に、この作品の位置がある。

一方、内容の軽さへの批判も当初からあった。何も起こらない、深刻さがない、風俗的だ、という声である。村上文学をめぐる評価の分裂は、このデビュー作から始まっている。

村上はこの後、ノルウェイの森で国民的作家になり、世界の終りとハードボイルド・ワンダーランドねじまき鳥クロニクルで世界的な評価を得ていく。そのすべての出発点が、この短い小説にある。

あらすじ

この小説に、まとまった筋はない。1970年の夏の、十八日間の断片が並ぶ。

語り手「僕」は二十一歳の大学生。夏休みで、故郷の海辺の町に帰っている。東京では大学に通っているが、そこでの生活は多くを語られない。

「僕」は、「鼠」と呼ばれる友人と、いつも「ジェイズ・バー」で酒を飲んでいる。鼠は金持ちの息子だが、金持ちを嫌い、小説を書こうとしている。二人は、ビールを飲み、とりとめのない話をする。

ある夜、「僕」は酔いつぶれた小指のない女を介抱し、彼女のアパートまで送る。翌朝、女は「僕」が自分に何かしたと勘違いして怒る。やがて誤解は解け、二人はときどき会うようになる。 女はレコード店で働いている。

「僕」は、これまでに寝た女たちのことを思い出す。三人目の女は、テニスコートの裏の雑木林で首を吊って死んだ。 その死の理由は分からない。

ラジオのリクエスト番組から、「僕」宛てに、名前を伏せた誰かがリクエストを送ってきた。昔、同じクラスにいたという女性。 「僕」には心当たりがない。

夏が終わりに近づく。小指のない女は、堕胎の手術を受けたことを打ち明ける。相手は「僕」ではない。 女は、いつのまにか町を去っていく。

作中には、架空のアメリカ人作家デレク・ハートフィールドへの言及が、繰り返し挟まれる。「僕」は、この作家から文章を学んだと語る。 ハートフィールドは、エンパイア・ステート・ビルから飛び降りて死んだ、とされる。

やがて夏が終わり、「僕」は東京へ戻る。

歳月が流れる。「僕」は結婚し、鼠は今も小説を書いている。ジェイズ・バーの主人も、小指のない女も、それぞれの場所で生きている。

すべては過ぎ去り、風のように消えていく。その断片を、乾いた調子で綴って、小説は閉じられる。

作者

登場する文学史