十三夜
- 作者
- 樋口一葉
- 成立
- 1895
- 国
- 日本
- 時代
- 近代
概要
離縁を決意して実家へ帰った女が、思いとどまって戻る話である。二十ページほど。二部構成にあたる。
主人公関(お関)は、玉の輿に乗って高級官吏原田に嫁いだ。だが夫は、子ができてから急に冷たくなり、日々お関をなじり、召使いの前で辱める。耐えかねたお関は、十三夜の月の晩、実家へ逃げ帰る。
前半は、実家での父母との対話である。母は娘に同情し、離縁を勧める。だが父は諭す。離縁すれば、幼い子は母を失う。実家の弟は、原田の口利きで職を得ている。お前が去れば、家全体が困る。
お関は、泣きながら婚家へ戻ることを決める。
後半は、その帰り道にあたる。お関は人力車に乗る。その車夫が、かつての幼なじみ録之助だった。
録之助はお関の初恋の相手である。だが今は、身を持ち崩し、妻子とも別れ、車を引いて暮らしている。二人は短く言葉を交わす。
どちらも、自分の人生が思うようにいかなかったことを、互いに悟る。そして別れ、それぞれの場所へ帰っていく。再び会うことはない。
文学史における評価と影響
主題は、女に選択肢がないことである。お関は夫の仕打ちに苦しむ。だが離縁はできない。子を捨てることになり、実家に迷惑がかかるからである。個人の意志ではなく、家の都合が女の生き方を決める。 当時の女性が置かれた立場が、逃げ場のない形で書かれている。
父の説得が、この作品の要にあたる。父は娘を愛している。だからこそ、戻れと諭す。その論理は正しく、そして残酷である。 悪人が誰もいないまま、お関は苦しみへ送り返される。
後半の録之助が、この短篇を深くしている。もし二人が結ばれていたら、というもう一つの人生が、そこに現れる。だが録之助もまた落ちぶれている。どちらの道を選んでも幸福はなかった、という可能性が示される。別の道を想像することさえ、救いにならない。
「十三夜」という題は、旧暦九月十三日の月見の夜を指す。満月ではない、少し欠けた月である。完全でない月が、二人の満たされない人生に重ねられている。
文体は西鶴の影響を受けた雅俗折衷の文語で、句読点が少なく一文が長い。この古い文体が、抑えた感情に独特の調子を与えている。
あらすじ
前半——実家。
十三夜の月の美しい晩、お関が人力車で実家の門前まで来る。だが車を帰し、門の前でためらう。久しぶりの帰省だが、事情があって足が進まない。
意を決して入ると、両親が喜んで迎える。だがお関の様子がおかしい。問われて、お関は泣きながら打ち明ける。
夫の原田に、離縁してほしいと申し出るために来た。
お関は良家ではないが、見初められて原田に嫁いだ。子の太郎も生まれた。だが子ができてから、原田は変わった。何をしても気に入らず、無学だ、育ちが悪いとなじり、召使いの前で恥をかかせる。 家に帰らない日も増えた。
母は憤り、娘に同情する。そんな家、出てしまえと言う。
だが父は違った。父は諭す。離縁すれば、太郎はどうなる。母のない子になる。そして——お前の弟の亥之助は、原田さんの世話で役所に勤めている。 お前が去れば、弟の立場もなくなる。
父は言う。辛いだろうが、太郎の母として、原田の妻として、耐えてくれ。
お関は、涙をこらえて頷く。戻ることを決める。
後半——帰り道。
夜更け、お関は再び人力車に乗り、婚家へ向かう。
途中、車夫が突然、車を止める。もう引けない、と言う。
お関が咎めると、車夫は顔を上げる。それは、幼なじみの録之助だった。
録之助は、かつて近所の煙草屋の息子で、お関の初恋の相手だった。だが今は見る影もない。商売に失敗し、酒におぼれ、妻とも子とも別れ、車を引いて暮らしている。
二人は、月明かりの下で短く話す。互いの今を知る。録之助は、お関が玉の輿に乗ったと聞いて、自分は自暴自棄になったのだと言う。
お関もまた、その結婚が幸福ではなかったことを、口には出さないまま伝える。
やがて二人は別れる。録之助は空の車を引いて去り、お関は残りの道を別の車で帰る。
もし二人が結ばれていたら、と思っても、どちらの人生も、もう戻らない。少し欠けた十三夜の月が、二人の背をそれぞれ照らす。