あめりか物語
- 作者
- 永井荷風
- 成立
- 1908
- 国
- 日本
- 時代
- 近代
概要
アメリカに滞在した荷風が、その異国での見聞をもとに書いた短篇集である。
荷風は青年時代、父の意向で実業を学ぶために渡米した。だが荷風の関心は商売ではなく、文学と芸術にあった。 四年余りのアメリカ滞在のあいだ、荷風は各地を転々としながら、異国に生きる人々の姿を見つめた。この短篇集は、その体験から生まれた。
収められた作品には、アメリカの都会や田舎を舞台に、そこに生きる日本人移民や、娼婦、労働者たちの哀歓が描かれる。故郷を離れて異郷に流れ着いた人々の孤独。華やかな近代都市の裏にある、寂しさと退廃。
荷風は、フランス自然主義の影響を受けていた。人生の暗い面や、社会の底辺に生きる者の姿を、感傷を抑えて描く。 その筆致は、当時の日本の文壇に、新鮮な衝撃を与えた。
異国の風物への鋭い観察と、そこに漂う哀愁。荷風の文学の出発点となった一冊であり、続くふらんす物語とともに、彼の名を高めた作品にあたる。
文学史における評価と影響
永井荷風の出世作であり、日本近代文学に新しい国際的な感覚をもたらした作品とされる。
この短篇集の新しさは、本物の海外体験に裏打ちされた、異国描写の確かさにある。当時、西洋を舞台にした文学は、多くが観念や憧れで書かれていた。荷風は、四年余りを実際にアメリカで過ごし、その現実を自分の目で見た。そのため、この作品の異国の風物や人々の描写には、確かな実感がこもっている。
主題は、異郷に生きる者の孤独と哀愁である。荷風が描くのは、輝かしいアメリカン・ドリームではない。故郷を捨てて異国に流れ、都会の底辺で生きる移民や娼婦たちの寂しく退廃した姿である。華やかな近代の裏側にある影を、荷風は見つめた。
フランス自然主義の影響が濃い。荷風は、モーパッサンやゾラを愛読していた。人生の暗部を、感傷を排して冷静に描くその手法を、荷風はこの作品で日本に持ち込んだ。明治末の文壇に、新鮮で洗練された感覚をもたらした。
森鴎外や上田敏に絶賛され、荷風は文壇での地位を確立した。続篇のふらんす物語とともに、荷風を耽美派・反自然主義の代表的な作家へと押し上げる、出発点となった。
内容
短篇集『あめりか物語』は永井荷風が、アメリカ滞在の体験をもとに書いた作品を集めたものである。二十篇あまりの短篇や小品が収められている。
荷風は、二十代のはじめ、実業を学ぶという名目で渡米した。だが荷風の本当の関心は、文学と西洋の芸術にあった。 タコマ、シアトル、セントルイス、ニューヨークなど、荷風はアメリカ各地を転々とした。銀行に勤めたこともあったが、その目はつねに、異国に生きる人々へと向けられていた。
作品に描かれるのは、そうしたアメリカで荷風が出会った、さまざまな人々の姿である。
ある短篇では、故郷を離れてアメリカに渡り、都会の片隅で寂しく暮らす日本人移民が描かれる。成功の夢を抱いて来たものの異国の底辺で、孤独に生きるほかない男たち。
別の作品では、娼婦や、酒場に集う労働者たちが登場する。荷風は、彼らの退廃した生活を、蔑むのでも美化するのでもなく、静かに見つめる。近代都市の華やかさの陰にある、人間の寂しさと哀れさが、そこに浮かび上がる。
荷風の筆致は、感傷を抑えた、写実的なものである。フランス自然主義に学んだその手法で、荷風は、異国の風物と、そこに生きる者たちの哀歓を描き出す。同時に、西洋の都市や自然の風景へのこまやかで詩的な観察もそこにはある。
異郷に流れた人々の孤独、近代都市の退廃、そして異国の風物への鋭い感受性。荷風がアメリカで見たものの記録であるこの短篇集は、日本近代文学に新しい国際感覚をもたらし、彼の文学の出発点となった。